「警察の本色」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「警察の本色」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

警察の本色

曩に高橋進氏の英國に遊ぶや數年滞留の其間に英國政治の美を天下に誇る所以は地方制度

に在りて存するを察し其實况取調に從事せしに偶々同國スカーバラ府の市尹ウードル氏に

知己の縁を得て粗ぼ實相を窺ふを得たりといふ一日談警察の事に及びたるにウードル氏は

大に英國地方警察の完美を誇り且つ謂ふて曰く抑も警察官の職務は安寧保護に外ならずし

て即ち法律に從ひ社會の秩序を保ち人民をして各その堵に安じせしむるを目的とする者な

れば恰も政治にして政治にあらず時の事情の如何に拘らず恰も政治にして政治にあらず時

の事情の如何に拘らず其本職は唯社會人民の爲に保安の任務を全ふするのみに在るが故に

警察の身を以て政黨に偏する抔の事は决してある可らず若しも此等の偏頗心あるに於ては

自然一方に特別の便宜を與へんが爲め他の一方に不法の檢(手偏)束を加ふるを免れずし

て殊に政黨政治なる我英國の世の中には之が爲め非常の紛耘を釀し其結果殆んど云ふ可ら

ざるものあるに至るべし結局安寧を保持すべき其職員が却て亂階を釀すものにして國の爲

め誠に忌はしきものとなるべきのみ左れば我が市會は夙に深く心を用ひ成るべく不公平を

避んとして須臾も監視を怠らず偶々職務不相應のことあるを認むるときは直ちに之を免黜

して毫も假借する所なく警察官も亦能く其言を得て殊勝にも治蹟の頗ぶる見るべきものあ

り(市會には警察委員會なるものありて市會全員の三分一を以て組織し警察に關する立法

及び事務監督の任に當り市會と共に警察官を進退黜陟するの權を有す)右の如く警察官は

政黨偏頗等のことより不公平の處置は最も禁物たるのみならず本々人民保護を職とするも

のなれば人民との間柄は極めて親密を要することにして他の治者被治者の關係とは聊か其

趣を殊にせざる可らず蓋し警察官の職務の形に顯はれて著るしきは捕縛拘引に在ることな

れば捕縛拘引は其本色なりと認められ自身に於ても亦恰も仇敵役を勤むるものと思ふの意

味あるには相違なけれども固是れ人民中の一小部分なる不良の徒を捕縛拘引するのみにし

て一般の良民とは割く可らざる親友のみか不良を捕縛拘引するは良民に安全を與へんが爲

めにして眞實の仇敵役にあらざるは勿論、又人民の方に於ても警察官は常に人を捕縛拘引

せんとて狙ふ者なりと心得違ひす可きに非ず況んや亂暴にも人民の權利を傷くるが如きは

其决して為さゞる所にして假令へ規則の文面に於て之を許すと雖も規則は唯斯る處置をも

為し得べしとて極端の塲合を示したる迄のことなれば之を濫用するが如きは法意を誤解す

るの弊にして抑亦警察の恥と云ふべし故に吾々は此點より推して警察の制度を正ふし人民

との關係を最も親密ならしめんとして日夜心を注ぐが故に警察官の捕縛拘引する者は其罪

惡社會に容れられずして何人も厭斥するに相違なきものなれば人民も警吏を以て眞の保護

者と看做し偶々惡漢ありて警察官の命令に抗抵し取押へに難儀の體を見るときは人民は四

方より駈付け來りて加勢に猶豫することなし毎度事實に見る所にして其然る所以を尋れば

畢竟警吏の取押へんとする者は必ず不逞の惡漢なるべしと信ずるの一心あるが故に外なら

右は當府警察の實况なれども一歩倫敦に入るときは决して此の如きを得ず警吏の徳心既に

腐敗する上に一號一令皆時の政府の定むる所なれば自から其機關たるを免れずして政黨の

臭味こゝに生じ隨て不公平の傾あるより警察を攻撃するの論鋒は進んで内務大臣に及び遂

に内閣を動搖せしむるに至ること是れ迄も實例に徴して世人の知る所なり是れは倫敦警察

のみならず予(ウードル氏)曾て歐洲大陸を漫遊し到る處其警察の實况に注目せしに政黨

政府の麾下に屬するものは比々皆斯の如き有樣にして予をして竊に其不完全を歎ぜしめた

ると共に自から顧みて大に自家に誇る所あらしめたり案ずるに政府と人民との間柄をして

誇る所あらしめたり案ずるに政府と人民との間柄をして極めて圓滑親密なるものならしめ

んには警察が政府の機關となるも差して障害なからんなれども前陳の如く警察の本色は政

治的に非ずして重に民治的に屬するものなれば成るべく人民に左袒して政略の機關となる

を避けざる可らず我市會にて警察委員を組織するに决して一黨派を以てせず數多の黨員を

混合する所以は實に此邊の意味に外なきのみ抑警察費の出所は人民の財嚢に非ずや若しも

警吏が人民に不安を與へ、妨害をなし、入らざる事に干渉して厭惡の府となる樣のものな

らんには誰か金を抛て之を雇ひ置く者あらんや均しく是れ金を抛つの人民なり甲乙に厚薄

ある可らざるや條理の覩易き所なるべし思ふに當府の立法、行政上に於ては往々議すべき

もの多からん歟獨り警察の仕組に至て予は世界に向て敢て誇言するを憚らざるものなり貴

國の警察も亦能く此如きか予や未だ其實况を聞かずと雖も他の東洋の諸制度(Oriental

Systems)によりて推測すれば或は猶ほ不可なる所あるを免れざらんか云々