「官吏の議員」
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時事新報に掲載された「官吏の議員」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
官吏の議員
憲法既に發布し議員撰擧の法も定まりたるに付き世の政談は漸く實地の境に進み各地方と
もに競ふて候補者を出さんとし又候補者も銘々これに當らんと希望するなど到る處何れも
撰擧の準備に忙はしきが如し而して撰擧法に據れば政府の官吏も宮内官、裁判官、會計檢
(手偏)査官、収税官及び警察官を除くの他は其職務に妨げざる限りは議員と相兼ること
を得るとあるを以て官吏中にても壯年の有志〓は自ら候補者たらんと心掛る者も少なから
ず中には長者の内諭又は默諾もある可し左までの地位なき小官にても少しく地方に由縁あ
る者は窃に當撰の準備に取掛るとのことなれば愈よ議會召集の日には官吏兼帶の議員を議
塲に見て其數も少なからざる可しと云ふ右に付き世間の言を聞くに抑も衆議院の議員たる
ものは專ら民間の利害を代表し人民の總代人を以て自ら任ぜざる可らず然るに今、官に在
るの人を以て其代表者に充るときは實際の成行如何なる可きや假令へ其身は官邊に在るも
撰まれて議員となる上は人民の代表者を以て自ら任ず可きこと勿論なれども之を實際の事
情に徴するに人間の身邊に最も近接の關係あるものは生活の一事にして而して官吏なる者
は本來官に衣食する身分なれば平常無事の日には兎も角も萬一議塲に於て官民の間に利害
を異にするが如き事件の起ることもあらば人情の常として官吏出身の議員は政府の方に左
袒し爲めに人民總代の實を失ふことなしとも云ふ可らず左れば西洋諸國中にては官吏は勿
論、諸會社もしくは一私人に至るまでも苟くも政府の保護の下に立つ所のものは國會の議
員として國務を議せしむ可らずとの説ありて之を成典に明書するの國さへなきにあらず之
を以て見れば官吏にして議員を兼るは後來民權の爲めに大に患ふ可きものなきにあらずと
云ふ者あり自から一説にして若しも議院開設の日に至り官吏出身の議員が多數を議塲に占
むることもあらば或は其邊の掛念なきにもならざる可しと雖も又一説に謂らく目下世間の
事情を見れば官の候補者は動もすれば民間の候補者に壓倒せらるゝの勢なきにあらず盖し
官尊民卑の常態として人民が政府を祝ること他國の如くにして雙方の情を通ずるに道なく
官に一分を利するは即ち民に一分を損するものと心得、毎事たゞこの官民權限の消長を以
て目的となすの有樣なれば愈々議員撰擧の塲合に臨み官民の兩候補者ありて相競爭すると
きは民の候補者に左袒す可きは勿論、或は其人物技倆如何をも問はず唯民間より出るの故
を以て推擧することならんなれば議塲に於て官吏の議員が多數を占むる能はざるは今の民
情の然らしむる所なり故に官吏にして議員を兼るの一事は民權の爲めに謀りて决して心配
に及ばざることなり云々との説あり
右〓説は何れも想像を陳べたるものにして詰る所は官吏兼帶議員の事を心に關して民權の
爲めに喜憂するが如くなれども我輩の所見を以てすれば官吏の議員は必ずしも官の爲めに
する者なりと斷定するを得ず好しや今の官吏が當撰の競爭に勝を制して國會議塲に出席す
るゝ〓〓議塲の議論は議塲全體の勢即ち一國與論の方向〓〓〓さるゝものなれば全國到る
處に民權の聲盛にして〓〓〓〓の出席者に〓の爲にする者多數を占むると〓〓官吏出身の
議員が如何に官の爲めに奮發すればとて楚歌四面の勢には敵し難く流石の雄辨雄才も用を
爲さずして止まんのみ然るに事情もしも之に反し民間の與論如何にも穩當從順にして隨て
議塲に反對の聲を聞かざる如き塲合にも至らば獨り官吏出身の議員のみに止まらずして滿
塲の聲は何れも官の爲にすることあらん畢竟議塲の議論が其聲を官にし又之を民にするは
議塲全體の勢即ち一國與論の方向如何に依るものにして少數異色の議員が其間に云々すれ
ばとて爲めに其調の變化を致す可きにあらざれば我輩は斯る議員輩が議塲に出席の多少を
心に關して之が爲め聊かも掛念するものにあらず况や今日の實際を見れば前に述べたる如
くにして一般の人情はとかく官民の區別を酷にし動もすれば民に偏して官を排するの勢な
れば官民自由の競爭塲に於て官の候補者の勝利は先づ以て覺束なきものと覺悟せざる可ら
ざるに於てをや官吏にして議員を兼るの一事は喜憂するに足らざるものなり