「國會議員の年齢」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「國會議員の年齢」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

國會議員の年齢

國會は日本開闢以來の大事にして而も其起るや甚だ急速なりしことなれば民間には猶ほ封

建の形影を殘すほどの次第にして固より代議政治の下地もあらざれば國會の効能は如何計

りにして其損害は何れの邊にあるや夫れさへ詳に咀嚼する者は稀にして多々速々ますます

好都合を望むのみか文明開化の變動は端なく官民の不調和を來たし政論の氣焔次第に増長

すると共に英國政治の美は暫くも想像の目を離れず轉た論客を惱殺するの有樣なれば内閣

の授受を此一擧に期せんと望む者も少なからずして憲法發布以來一層周旋に忙はしきも

のゝ如し左れば活溌なる少壯論者の如きは明年國會の議塲に出づるを機として其言論に優

曇華の花を咲かせ議事は定めて賑かなることならん國會の爲めに取らざる所なりとて頻に

憂慮する者あり我輩も亦これを悦ばざるものにして從來折に觸れ忠言を試みたること度々

なりしが能く事の實際に就て地方抔の樣子を窺ふときは大に然らざる所ありて我輩の憂慮

も幸にして杞憂に屬するものゝ如し其次第如何と云ふに活溌論の流行は眞の政治社會の表

面のみにして眞の有力者財産家輩に至ては容易に小壯論者に雷同するの景色はなく隱然た

る勢力は寧ろ沈着なる老論にありて國會の議員としても老人に望を屬する者多しといふ葢

し其證據として見るべきは府縣會議員にして其規則には議員の年齢を廿五歳に限りたるも

のなれども三十歳以下の議員は大抵總數の五分位にして一割に達する地方は殆んど無しと

云ふも不可なきが如し若しも府縣會議員中にて錚々たる者が多くは明年を待て國會議員に

進むものとすれば代議士中にて老壯の多少は推して知るべく年齢を比較したらば官吏兼帶

議員抔は少壯中の重なる部分を占むることならんか即ち國會議塲にて炎を吐く者は極めて

少數のものにして其少數中にも議論種々に別れ異口同音に政府に反對の聲をなすべしとも

限らされば試に其動靜を卜するに議事は案外靜穩にして老論能く其間に行はれ政府は由て

以て煩累を免るゝに足ることならん蓋し誤らざるの臆測にして又その必然を祈るのみ

既に現今の事情に照して老人の撰擧せらるゝ者も多く又議事も實際に靜謐を保ち得べしと

すれば法律第三號衆議院議員撰擧第八條に被撰人の資格を規定して年齢三十年以上となし

たるは寧ろ消極的の懸念に過ぎて積極的の區域を縮小したるの嫌なきに非ざるが如し顧ふ

に諸外國には此等の例を見ざる所にして年齢の老若は措て問はず唯人民の屬望に任せて積

極的の區域に綽然の餘地あらしむるを常とす葢し積極的の區域とは何ぞや竊に按ずるに泰

西の人民は概ね發達に遲きが故に其老衰するも亦遲く日本の人民は發達に速かなれば老衰

にも亦速なり左ればこそ英佛諸國の國會議員は多くは四十以上の人物にしてグツラドスト

ーン、ビスマークの如きは東洋の所謂古稀に超ゆるも猶ほ矍鑠として煩雜なる政務に當り

毫も壯者に讓らずと雖も日本人に至ては軅て五十にして隱居となり清茶好香靜に幽趣を愛

して殆ど人生の事を忘るゝ其代りには十五歳にして元服し次て幾ならざるに勤番の身とな

り中には十六歳にして初陣に臨みたる平公子敦盛の如き又は明智重次郎の如きもあり皆以

て我國人が發達の速なるを見るに足るべし此等は徃昔の事例なれども近く王政維新の革命

を見るに維新の事變の大成したるは實に明治元年にありと雖も始めて其萌芽を發したるは

之に先だつこと凡十年以前短くも五六年前より釀したることにして當時天下に奔走して此

大事業を經營せし者は多くは三十年以下の人士にして今日當路に顯榮し勳功身に餘りて衆

人の倶膽する所となる諸大臣は即ち當年の壯士なり此の如く西洋諸國の人に比すれば年の

若きにも似ず心身の發達速にして大業を經營して餘りある程なれば日本にては三十年以下

の人と雖も决して能力の不完全なる者に非ず世務に處して見事に成功を奏することなれば

普ねく有爲の人材をして驥足を伸ばさしめんとするには三十年以下の人を度外に置くが如

きは事實に於て得策にあらざるを知るべし左れば衆議院議員撰擧法は注意至らざるに非ざ

れども議員の年齢を三十歳以上に制限したるは人材の撰出に得失如何なる可きや前記の通

り英國などは人の發達遲きにも拘はらず更に被撰人の年齢に制限を置かざるが故に若年の

人物も人物次第に自ら登進の道を得てピツトの如き弱冠の大政治家を出したり然るに日本

は之に反し發達の速なるに猶ほ年齢に制限を置くが如きは之が爲めに稀有の人材を失ふこ

とはなかる可きやと聊か遺憾なきにあらざれば寧ろ其區域を擴張し廿五年位として却て穩

なる可し或は之が爲め年少氣鋭の活溌論者のみ議塲に現出せんやを惧るゝ者もあらんかな

れども實際に左樣の心配は無用にして冐頭に掲げたる如く社會自然の必要により四十前後

の老人は决して棄らるゝ者に非ず我輩は法律の區域に成るべく餘裕を與へて政略の大膽を

示さんと欲する者なり