「官民の交際」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「官民の交際」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

官民の交際

官尊民卑の弊風は久しく我官民の間を遮斷して一大鴻溝を劃し同じく一國の人民にてあり

ながら唯その身の政府に在ると然らざるとに依りて非常の懸隔をなせしが近來世間の成行

を窺ふに其風もやゝ薄らぎたりと覺しく諸省廳の官門に人民の乘車出入を勝手にし又は平

民にして位階に敍せらるゝ(献金の結果にもせよ)など其他世上一般の有樣を見るに人民

の身邊少しく光輝を増したるやの觀なきにあらず殊に明年帝國議會の開くるにも至らば人

民參政の實、茲に其形を現はして官民相對の位地も大に變ずることならんなれば政治上に

於ける官尊民卑の弊は或は一洗するに至るやも計るべからずと雖も人事の眞相は形にのみ

就て見る可らず政治上にて相對するときは尊もなく卑もなく上下一體官民同等の有樣にて

も平生居常の徃來交際に何れにか讓る所あるに於ては之を同等一體と稱すること能はざる

可し從來の如く官民の間、互に相隔て相通せざる塲合には其往來交際も亦極めて稀れなる

可しと雖も今その隔絶不通の境を撤して次第に相近くに至れば官民の交渉は唯政治上形式

の關係に止まらずして日常交際の上にも及ぶ事ならん衣冠を正し威儀を繕ふて相拜揖する

の間には何人も破綻を顯はすこと少なけれども杯酒談笑肝膽を披く塲合には其短所を露出

すること多しと云ふ即ち人事の眞相は形のみにて窺ふ可らざるの例にして官民次第に相近

きて徃來交際の事、盛なるに至らば表面尊卑の沙汰は全く其跡を絶つ可きも實際輕重の精

神は却て其眞相を顯はすこともあらんなれば今後官民の交際塲は其人品の輕重を量るの塲

所と見て不可なかるべし

從來日本の社會には官民の交際と稱す可き程のものに乏しと雖も強て之を求むるときは二

三の例なきにあらず即ち天長節の夜會又は所謂紳商輩の饗宴等にして其席上には何れも官

民混同の主客を見ることなれども其實を申せば天長節の夜會は官の儀式上の催しにして其

性質は眞に打解けたる官民の會合にあらず左れば第二には彼の紳商輩の饗宴などに指を屈

せんか然るに此種の饗宴は如何なる體裁のものなるやと云へば我輩は之を紙上に明記する

ことを欲せざれども要するに所謂御用承認と稱する輩が其御用を承る主筋の人を招くの意

味なきにあらざれば主客相對の間柄も自ら一種特別にして此間に官民交際の適例を見る能

はざるは勿論或は冥々の中に奇利を媒介するが如き微妙の内實あるやも知る可らず我輩の

甚だ欣ばざる所なり

右の通りの次第にして今の社會に官民交際の例を求むればその先蹤なきにあらずと雖も何

れも後の模範と爲すに足らざるのみならず寧ろ嫌惡す可き種類のものなれば今後日本の社

會に起る可き官民の交際上には微塵程も斯る汚點を留めしめざること最も肝要なれども世

間の事柄はとかく先例に慣れ易きものにて能く能く注意せざるときは或は前車の覆轍に陥

るの患なきにあらず依て思ふに明年帝國議會開設して各地方の富豪財産家等が貴族院若し

くは衆議院の議員に推撰せられて輦轂の下に集まるに至らば其事とする所は議塲に出席し

て公の政治を恊賛するに止まらず或は官の人々と徃來訪問して私の交際も必要なる事なら

ん扨この私の交際こそ即ち其人品輕重の眞相を顯はす處にして假令へ議塲の表面には官民

相對して毫も讓る處なしと雖も若しも杯酒献酬私交の席上に於て大に其禮貌を損すること

もあらば之を對等の交際と稱する能はずして官尊民卑の弊風は假令へ形を減ずるにも其精

神は依然として存するものと云はざるを得ず今の地方の富豪家は各々獨立の財産を傳へ獨

立の事業に食むものなれば自ら其身の重さを顧みて彼の都門輕薄者流の尤めに傚ふことな

く公私の交渉に能く其品格を保ち官民交際の面目を一新せんこと我輩の偏に希望する所な