「地主黨の團結必要なる可し」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「地主黨の團結必要なる可し」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

地主黨の團結必要なる可し

目下民間政黨の用意は國會議員撰擧の事より先なるものなかる可し從來の如く政治社會前

途の見込未だ定まらざる間には單に來る二十三年を目的として國會と云ひ民權と云ひ漠然

たる政談のみにて事濟みたれども今日は則ち然る能はずして憲法も既に發布して議員撰擧

の事も定まりたる猶ほ其上に廿三年は愈々明年と相成りたる次第なれば政黨の用意も着々

實地の境に入る可きこと勿論にして近來は各地方ともに議員撰擧の準備に忙はしき模樣な

るが抑も撰擧の事たるや實に人民の利害に大關係を有し民權の消長も之に依て分るゝ程の

事なれば之を漠然たる政談視せずして銘々利害の點より勘考す可き筈なるに今日の實際に

は或は然らざるやの觀なきにあらず盖し議員の撰擧には種々の手續あることならんなれど

も適當なる人物を出さんとするには先づ撰擧人の團體を作り此團體中にて豫め被撰の人物

を指定して之を撰擧するの用意急要なる可し若しも然らず撰擧人の心一ならずして銘々勝

手の人物を區々に撰擧するときは投票は案外なる所に落ちて人物の當を得ざるのみならず

其間に或は不正の所業行はれずとも云ひ難ければ各地に團體を作りて人撰を謹むことは最

も急要にして代議の政治に政黨結合の必要なるも畢竟この邊の意味に在ることならん從來

世間の政黨なるものは其目的何れに在るや知る可らずと雖も既に政黨とあるからには亦こ

の邊の用意にも疎かならざる事ならんなれども今日までの處にては其談ずる所如何にも漠

然たるの感なき能はずしてよく各地方の撰擧區に團體を作りて適當なる人物を撰出するの

功を奏す可きや否やは我輩の未だ知らざる所なり左れば如何にして眞實人民の利害を代表

する代議士を出すべきやと云ふに我輩の毎度論ずる如く日本は純然たる農産國にして人民

の利害は重もに土地に在りて存することなれば國會の代議士も亦土地の所有者より出でゝ

土地の利害を代表するこそ肝要なるべし而してこの代議士は必ずしも多辨多能にして議塲

に喋々するを要せず唯議事の土地に關するものあるとき輕々に看過せずして能く其利害を

視察し心に之を得て可否の一言を發す可きのみとの趣旨は讀者の既に記臆する所ならん顧

ふに國會に於て眞に人民の利害を代表す可きものは彼の漠然たる政談者流に在らずして土

地の所有者即ち地方の富豪財産家に在ること勿論なれば銘々自家の利害より考へて議員選

擧の用意最も肝要なる可し然るに今日の各地方にて選擧の事に熱心奔走する人は所謂政黨

員なるものに多くして富豪財産家等には更に其邊の用意なきのみならず或は自ら其權利を

他人に讓らんとするものもありと云ふ元來此種の人々は其地方に在て累世の名望家なれば

態と求めざるも衆論の爲めに推挙せらる可きは當然の勢なるに却て自から其名望を空ふし

て退縮の謀を爲し自家の利害を擧げて他人に一任するとは我輩の解せざる所なり前にも述

ぶる如く適當の人物を撰擧せんとするには撰擧人の團體を作ること最も必要なれば今より

其用意に怠らずして各地方の地主が其撰擧區内に結合を催ほし土地に關する利害の外に他

の主義を容れざることを主張して他と競爭を試み以て自家相傳の私産を保護するは祖先に

對して本意なるのみならず國家の大計に於ても亦公けの得策なる可し世の政談者流には何

黨何派など稱し其名目の下に奔走するものも少なからずして自から亦一の團體を成すの姿

なきにあらざれば或は之と區別する爲めには假に地主黨などの名稱を附するも可ならんか

兎に角に其主義目的は地面の利害を同ふする人々が相集りて氣脉を通じ其中より適當の人

物を推撰して私有を保護するに在るのみ斯く云へばとて人民の思想は各々一なること能は

ずして其利害の關係も亦各々異なる可ければ國會議塲に政黨の分立を見るは勢の免れざる

所にして敢て咎む可きに非ざれども唯我輩は全國民を一體と視做して其最大最多の幸福を

重んじ地主黨をして議場に最重の地位を得せしめんことを希望するのみ