「僧侶小學校の教師たらんとす」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「僧侶小學校の教師たらんとす」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

僧侶小學校の教師たらんとす

各宗教の僧侶をして小學校の教師を兼ねしめんとは我輩多年の宿説にして或は國の經濟よ

り或は僧侶の身の上より或は教法弘布の點より折に觸れ種々樣々に之を勸告せしかども何

か實際の事情に止むを得ざる所あるか又は僧侶が心に許して行に顯はし難かりしか遂に今

日に至るまで其勸告の甲斐なかりしに此程遠き山形縣飽海郡曹洞宗々務事務掛なる同郡野

澤村安養寺の住職藤原宗良氏より北野同郡長へ請願する所ありて其要旨に從來同宗僧徒が

肉食妻帶をも構はず宗教とは唯葬祭を勤れば事足るものゝ如くに心得絶て其本分を辨へざ

るは畢竟社會の事情に通ぜざるに因るとは云へ素餐の責は决して免る可らず然るに目下地

方の情况を觀察すれば到る處の町村皆悉く教育費の負擔に堪へずして往々學校の資格を落

し簡易科を設立せんとするは道義の教育家たる佛者に於て拱手傍觀すべき塲合にあらず速

に講習會を設けて同宗僧徒に簡易學科を講習せしめ卒業の上は廉俸にて其最寄地方の學校

教師たらしめ一は以て素餐の責を塞ぎ一は以て地方貧民の爲めに教育費の一部分を補はん

とす因て右講習會費の内教員俸給金百圓全部町村費より補助せられたし云々の趣を以て申

出でたり扨これを同郡臨時聯合會の議に附せし處一郡四百箇寺の僧侶を廉俸にて學校教員

たらしむるは實に妙なる仕組なりとて原案の儘金百圓を補助することに議决して目下講習

會を開くの準備中なるよし頃日發兌の佛教と云へる雜誌中に見受けたり抑も此事の次第た

るや我輩に於て悉く同意するには非ざれども兎に角に僧侶が素餐の責を塞がんとして學校

教師を思ひ立ちたる事の大體に就ては之を賛成せざるを得ず顧ふに我國にては近來頻に教

育を奬勵して藪深き田舎の片山里までも〓(い・口+伊)唔の聲を聞かざるはなく此有樣

にて進み行かば全國中復た無學の者なきに至らんかと思はるゝ程にして誠に目出度が如く

なれども元來學問教育なるものは衣食足りて後の談なれば飢寒の苦痛をさへ尚未だ免がれ

ざる者共に智徳開達などゝは夢想にも及ばざる所にして氣の毒ながら學問の事は一切斷念

せざるを得ず或は衣食僅に足ると稱する者にても簡易下等の小學科にて十分なる可し學問

も亦是れ一種の賣買品なれば貧富共に身代相應のものを買ふの外ある可らず即ち生計の釣

合なればなり左れば一人の私に於けると同じく一村は市村の經濟に照らし一國は一國の貧

富に應じて適宜に學問の程度を定め教育なりとて之に偏して重きを置く可らざるは算數の

明示する所なるに然るに今日の實際を見れば民間の疲弊は掩ふ可らざるの事實にして之に

加ふるに各種の税法は次第に増加するも輕減の色なく貧民の貧なる者に至りては單に其露

命を保つを以て最上の幸福とするのみ斯る果敢なき生活を立つるものが何の餘裕ありてか

教育の爲めに而も重き費用を負擔するに堪ふべけんや我輩の見る所を以てすれば今の地方

の人民は實に小學簡易科も猶ほ覺束なきものにして其完全不完全は論ず可き限りに非ず目

下の緊要は唯教育費の省略に在るのみと斷言して爭ふ者なかる可し然り而して其教育費中

最も多きに居るものは教員の俸給と校舎の建築費とにあることなれば僧侶の餘業として教

員の職務を兼ねしめ以て俸給の費目を省くと共に猶ほ一の所望は其寺院を校舎に代用せん

こと是れなり抑も日本にて寺院の配置は至極その宜しきを得て凡そ一學校を設立すべき所

には又隨て一寺院を見るの都合なるのみか其構造も亦能く校舎に似て之に机を備ふるとき

は先づ以て小學校には充分なり然るに寺院にては年中數度の法用あるに際し偶々これを使

用するのみにして平生は唯物凄きまでに淋しく無用の飾となるに過ぎず葬祭の外曾て他事

なく生活して檀家の支給を仰ぎながら其住職が狹からざる塲所を占領して獨り花鳥風月の

清閑に安んぜんとするが如きは文明の社會に對して誠に心なきものと云はざるを得ず此人

民の難儀にして教育の負擔に苦しむの塲合に當りては能き役目をこそ見出したれ進んで自

ら教師の任に當り又其寺院を校舎に充てゝ宜しく處世の義務を怠らざるべし是れ即ち我輩

が前記山形縣下の一擧を聞き其大體に同意を表する所以にして獨り同縣下の一郡のみなら

ず日本全國みな共に賛同して我輩の所説の如くならんこと耳目を欹てゝ待つものなり