「大學の獨立」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「大學の獨立」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

大學の獨立

學問は學問にして政治は政治なり善惡邪正變遷極まりなき政治と共に其方針を同うせしむ

る樣の次第にては文明の大本輕くして危しと云はざる可らず日本の帝國大學も宜しく文部

省の管轄を離れて政治以外に獨立するの工風大切なりとて近來頻に議論を動かし事の詳細

にまでも立入りて案を立つるもの少なからざれども第一の問題は其維持資金にあることゆ

ゑ或は下ノ關一件の償金を曩に米國より返還したるを幸ひ之を以て永代資本に充てんと云

ふもあれど是れには何か故障あるよしにて近來は又一案を提出し帝室に直隷せしめて以て

帝室費の幾分に依頼せんとの説もありと云ふ元來大學獨立のことは餘程以前より計畫あり

しよしなれども此頃に至り俄に動搖したるによりて之を見れば或は邪推ならんも知る可ら

ざれども國會開設の期限もいよいよ差迫りたれば今後おひおひ政黨の勝敗と共に學問まで

も左右せられては迷惑の限りのみか其存亡さへ測り難しとて扨こそ見構に忙はしきものな

らんか成程政黨の勢力の消長は頻繁にして今の政府の固定なると同じからざれば其都度影

響を蒙むるは懶きに相違なけれども左りとて之が爲めに狼狽すべきに非ず我輩を以て見れ

ば唯此儘に文部省なり内務省なりの管轄に屬し國庫の支辨に一任して悠々學問を講ずるこ

そ然るべけれと認むるものなり抑も帝国大學を要用と認め不用となし將た國の經濟に適す

と云ひ適せずとするは元來何人の意見なるや今や國會を開いて人民の輿論を問ひ凡ろ立國

の大體に關する公事は悉く之によりて處置せんとするの時に當り何れ公けの扶助に依頼す

べき帝國大學が獨り輿論に反對して存在するの理由ある可らず思ふに是れまで年々三十萬

圓の國財を費やし幾年の間無事に存立したる所以は帝國大學は學藝の源にして立國に大切

なりしが故なるべし果して左程に大切のものならんには國會の議員とても何ぞ濫に廢止の

説を好まんや然るに却つて人民の輿論を恐れ遽に退守せんとするに至りては從來存立した

る所以も聊か疑はしき次第なるが如し即ち公立大學の存亡を司どるものは二三の學者政事

家に非ずして人民の輿論に外ならざる可ければ國會に反いて基礎を固めんと欲するは大學

に取りても心に慊焉たらざるを覺ゆるなるべし

憲法を案ずるに國會は帝室費に喙を容るゝこと能はざれども實際その出處を尋ぬれば人民

の租税に外ならずして性質より分析すれば文部省の費用も之に異なる所ある可らず然らば

今假に國會は大學を無用視することありとして其無物用が帝室費の幾分を仰ぐを見るとき

は如何んの感を爲す可きや一歩一歩次第に俗熱を高うして遂に論及す可らざる帝室費をも

併せて議せんとするに至ることはなかるべきや是れこそ容易ならざる大事にして毎度申す

如く我が帝室は政治の俗熱を脱し遙に天外の高處に立て尊嚴を保ち以て全國を緩和し玉ふ

べきものなるに此邊に思ひ到らずして一朝大學にて庇蔭を求めたるが爲め畏くも政熱の中

に煩はし奉らんは以ての外のことゝ云ふべし大學獨立の議論も勝手たるべしと雖も其考案

を帝室に向けたるは誠に量見の宜しからざるものにして我輩の竊に厭ふ所なり