「佛蘭西人二」

last updated: 2019-11-24

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時事新報に掲載された「佛蘭西人二」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

英國倫敦 高橋義雄

佛蘭西人の奇氣奇骨歐洲中に横絶して行事磊落往々人の意表に出づることは史上其例比々

にして時としては強硬不屈の大國を屈服せんと試むる其傍に小弱國を扶掖して却て其獨立

を助くるなどの奇特なきに非ず近くはナポレオン第三世が一片の侠氣自から墺國の侵略を

制して伊太利の國命を正に絶たんとするに救ひ以て今日伊太利王國統一の端緒を開きたる

が如き一種異常の義行にして百年以來歐洲義戰なき其際に此義侠を斷行する其佛國人の志

は不思議にも又ョ母しからずや左ればにや白耳義并に阿蘭等歐洲西北部の小國は佛獨戰爭

の風聞を耳にする毎に獨逸にして勝たば序に小國を呑滅すること固より必然の勢なれども

佛國の義膽或は故らに小國を庇護して其獨立を許すの趣ある可しとて内心常に佛國の勝を

祈るの情を存すと云へり即ち佛國人の奇氣奇骨の國交際上に現はれたる者なれども轉じて

商工業社會に入ればパナマ運河と云ひ銅塊賣買と云ひ又今回の萬國博覽會と云ひ孰れも一

種の奇觀にして亦その規模の尋常ならざるを見る可きなり抑も蘇西運河の開鑿は近世工業

史上に於て殆んど未曾有の大事業にして之を成就したる者は佛蘭西人なり然るに佛人の事

業に勇むや此大事業を以て足れりとせず更に進んでパナマ運河の事業に着手し起業以來今

日に至る迄殆んど十四億フランクの資本を使用したれども其事業たる實に世界の巨觀にし

て起業費用の大なること實に前記の如くなれば之を募集するの際に於て種々樣々の困難を

生じ募集濟みの資本には資本の中より利子を拂ひ或は富籤附きの株券を發行するが爲め幾

千の手數料を銀行に仕拂ふ等全資本三分の一は工事外に消費し去りたるを以て昨冬以來俄

に起業費の欠乏を來し一時其工事を中止するに至りたれども佛蘭西人民の特性として此間

忽ち義侠心を現はし絶大の事業は初めより其利uを期す可らず我々佛人たる者は國の名譽

を以て其成敗に任せざる可らずとて昨冬最後の富籤附き株券を募集するの際には市塲俄に

景氣を呈して株券幾層の高價を生じたりと云ふ佛人氣性の凡ならざる一例として見る可き

なり扨て又近來佛國にて銅魂專買の計畫あり其目的たる世界各國の銅山師に對して幾年間

銅塊專買の特約を結び世界の銅を一手に集めて其相塲を支配せんとする者にして固より異

常の商略なれども此商略を執行するが爲め銅價幾層騰貴して各國銅塊の消費額を減じ之れ

と同時に其産額を揄チしたれば專買發起者は一手に十一萬噸の銅塊を買入れざる可らず左

りとては巨額の資本を要す可きに付き更に英國商人と謀りて三百萬磅の會社を起し銅塊十

一萬噸中八萬噸の專買を同會社に托するの見込なりと云へり又今回の萬國博覽會は萬端規

模の大なること從前其比を見ざる中に就きて最も偉大なるはエフエルの塔なり古來世界の

高塔は米國ワシントンの紀念碑五百五十尺埃及の大尖塔四百五十尺日耳曼コロン寺塔五百

十一尺墺太利セント ステフエン寺塔四百七十尺を以て稱首と爲せども今回エフエルの大

塔は其高さ凡そ一千尺にして古來世界の高塔に比すれば殆んど二倍するものゝ如し扨て又

古來の大館中内部に支柱を置かざる者は英國倫敦セント パンクラス停車塲を以て最とし

其幅二百四十尺なれば巴里博覽會の器械陳列館は其幅三百七十五尺にして是れ亦未曾有の

建築なりと云ふ其他國民日常の行事概ね奇偉磊落にして事々物々天下第一流を以て自から

任じ佛人の名を冠したる事業をば國民一般國の名譽を以て扶掖するの氣性を存し時に或は

金錢上の勘定をも離れて其成否に心配することなきに非ず即ち前記パナマ運河會社の危急

に際して株券に高價を命じたるが如き實に其一例にして國民銘々國事を負擔するの氣性あ

るは誠に驚く可きことなり特に近日露國にて四朱利附きの公債を募集せんとし伯林并に倫

敦にて孰れも好結果を得ざるに當り巴里府にては之れに應ずるもの甚だ多く當時露國四朱

半利附きの舊公債は市塲の相塲九十五にして此割合に從へば四朱利附きの新公債は八十四

半の相塲なる可く若しも之より高直なれば寧ろ四朱半利附きの舊公債を購求すべき筈なる

に佛人は市塲に聲言して露國は我が未來の聯合國なり其公債の募集に應ずるは佛露國際上

の友誼なりとて四朱利附きの公債に八十六半を仕拂たる者十一萬人の多きに上りたりと云

ふ左れば當時此景况を實見したる在巴里のタイムス通信者は事の餘りに意外なるに驚き近

日佛人の擧動は實に心理學上の一問題にして之を解釋するには數巻の書册を要す可し云々

と述べたりしが如何さま此等侠客風の擧動は十露盤玉を戴て進行する英獨人などの辨ずる

能はざる所ならん勿論佛人の一擧一動悉く感服す可きに非ず名案もあり失策もあり時とし

ては大人の如く時としては小兒の如く人事萬端不揃ひにして官民大事功に勇むが爲めに國

費も亦隨て多く國債額は世界第一にして租税は前二十年間に凡そ百分の六十を揄チし千八

百六十八年には二十一億フランクなりしに千八百八十八年には三十四億フランクの巨額に

達せり財政の巧なるものとは思はれず然かもますます兵備を張り天下の盛觀を巴里に集め

て世界富國の一たるを失はざるは是れ亦大に驚く可きものならんのみ