「官設鐵道賣拂の風説」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「官設鐵道賣拂の風説」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

官設鐵道賣拂の風説

華族は帝室の藩屏たるべきものなれば特別に之を保護せざる可らず又五分利付の整理公債

を募りたる今日に當り獨り去る十年の亂に際し華族より借入れたる負債にのみ依然として

七分の利息を付するとありては明年國會の開設に當り衆議院に對して財政の整理を誇るに

足らざれば今より早く右の始末をなさゞる可らず一方には華族を保護するの要あり一方に

は七分利付の負債を消却するの急あり依て政府にては官設鐵道を華族に賣拂ひて以て同族

永遠の財産となさしめ兼て彼の高利負債を悉皆清還せんとの目論見あるよし近來頻に世上

に喧傳せり事實如何は詳知する所に非ざれども元來華族保護の事は故岩倉右大臣の最も深

く意を致したる所にして華族銀行の設立も必竟同大臣の力にあり右府は又頻に鐵道事業に

注目し往く往くは鐵道を擧げて華族の一資産に歸せしめんと欲したるは我輩の能く知る所

なれば思ふに今の政府に於ても猶ほ其論旨は消滅せずして偶々國會開設の機に觸れて爰に

再燃したる次第ならんか風説とは云へ強ち虚傳にも非ざるべしと我輩の測量する所なれど

も抑も岩倉右府在世の時代と今日とは世局殆んど一變して社會の事務は日にますます繁多

を加へ其繁多と共に世間もますます廣くなりて單より複に入るの最中なれば此間に立ちて

事を處せんと欲するものは唯公平を以て一の主眼となすの外ある可らず蓋し公平なる語を

哲學上より解剖すれば結局漠然たる正理公道を基本とするものならんなれども今の雑駁な

る世界には道理必ずしも道理ならざれば唯天下の輿論を〓〓として之に從ふものを公平と

認むるは先づ以て宜しきに適ふものならん扨然らば岩倉右府の時代には華族が殊恩に浴す

るも亦不可なかりし事なる可けれども今の時勢に照し今の輿論を窺ふときは華族が豫て厚

き政府の保護を蒙むる上に復た恩澤を重ぬるとありては所謂公平の旨を得たるものにあら

ずして世間に物論を生ず可きや必然の時勢なり且今の官設鐵道の價をば何に依て評定せん

とするか是亦た一問題なり或は原價三千何百萬圓と云ふ者あれども物の賣買は其時の相塲

に從ふ可きのみ原價云々は商賣社會に通用す可き言に非ざるのみか其原價三千何百萬とは

鐵道の建築費を何れの邊にまで計算したるものか夫れさへ甚だ分明なる可らず例へば材料

の代價、人足の賃錢、雇人の給料等は詮索し〓知る可きも鐵道の敷地に當りたる官有地の

價は今より之を評すること易からず、又政府にて鐵道局を設けて多年の間種々樣々に經營

したる其局費並に官吏〓與へ〓〓月給の〓を通算して其幾部分を現在の〓〓〓〓〓〓加へ

て至當なる可きや是れも容易に定め難し〓〓〓の官設鐵道〓〓〓に〓りと其〓〓を知る可

〓〓〓〓〓と〓念す〓〓〓〓〓〓其原價を知るに〓な〓〓〓〓〓〓之を時〓〓〓〓〓〓賣

するの外ある可らず者〓〓然らずして二三當業者の測定に從ひ至當なりと〓めたる〓を以

て華族に賣渡し〓て〓〓に過〓〓きは華族を保護せんと欲して却て之を苦しむるに足る可

し或は低きに失するときは同族の富めるに繼ぐものにして唯徒に物論の喋々を招く可きの

み况んや官物を賣るには其拂下規則なるものありて政府と雖も隨意に好む所に私しするこ

と能はざるに於てをや公平の一儀は飽までも等閑に附す可らざるなり依て我輩の所見を申

述べんに政府の眼中華族を見ず又他の一會社一個人を見ず廣く之を公賣に附す可きなれど

も國中誰れ一人として官設鐵道を一手に買取るものはなかる可きが故に到底私立會社の事

たる可しと豫定して爰に政府の手を以て其私立會社の定〓(かん・疑の左に欠)を作り役

員を定め(或は當分その重役をば指名するも實際に便利ならん)尚株主申合規則迄も製し

て先づ會社の組織を整頓し同時に現今官設鐵道の所有財産の品目録並に營業上歳出歳入の

數、又今後着手す可き事業の豫算等を詳に記して平等一樣天下に向て株主を募る可し例へ

ば今日の有樣にて諸官設鐵道の収入を一日一萬圓とすれば一年三百六十五萬圓の内より營

業費四割を引き純益二百十九萬なり依て之を一年五分の利益に計算し利を元にして資本の

數を求れば四千三百八十萬圓の額となる可し假に之を百圓株として四萬三千八百に分ち株

の價百圓を標準にして競賣に附したらば世上一般理財者の見込次第にて或は百圓以上に買

ふ者もある可し如何となれば今後鐵道の事業は次第に盛况に進むに兼て私立會社に營業費

を省く等の望もあればなり斯の如くするときは政府は華族に負債を拂ふこと固より易く華

族も亦時價に從て鐵道會社の株を買ひ毫も公平の旨に背かずして自から家産を保護するを

得べし但し以上に記したる數は唯假に設けて計算の割合を示したるまでのものなれども此

方法に從て政府は必ず大に利する所ある可しとは我輩の竊に信ずる所なり政府に臨時の所

得あるも决して心配するに足らず由て以て人民を休養す可し國防の費に供す可し或は大に

遠洋航海の事を奬勵す可し國庫の豐なるは我輩の常に冀望する所なれば此時に當て政府は

利益を空うす可らざるなり