「師範學校の紛耘」
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時事新報に掲載された「師範學校の紛耘」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
師範學校の紛耘
近來各署の學校[がくかう]に紛耘[ふんうん]の沙汰[さた]絶[た]えず校長の辭職[じしよく]生徒[せいと]の退校[かいかう]など毎度[まいど]我輩の耳[みゝ]にする所にして其騷動[さうどう]は官公立の學校と云ふ中にも取分け各縣の師範[しはん]學校に多きが如し聞[き]く所に據[よ]れば近年來師範學校にては各種の學科[がくくわ]を修めしむる其外に氣質[きしつ]鍛練[たんれん]と稱[しよう]して專ら順良[じゆんりやう]、親愛[しんあい]、威重[ゐちよう]の風を養成[やうせい]することに注意し特に兵式體操は其學科に缺[か]く可らざるの要目[ゑうもく]として啻[たゞ]に若干の時間中これを修むるのみならず朝夕の起臥[きぐわ]日中の動作より衣服飮食の法[ほふ]に至るまでに悉く兵式に模擬[もぎ]し日々の練修[れんしう]に怠らざるは勿論[もちろん]時々夜営[やえい]演習[えんしふ]、長途行軍を試[こゝろ]むる抔其有樣は宛然[えんぜん]たる一個の兵營にして紀律[きりつ]の嚴重[げんぢう]なること兵隊と同樣なるが故に生徒の校長教師に對[たい]し校長教師が生徒を遇[ぐう]するの有樣も自ら尋常師弟の關係[くわんけい]と其趣を異にし體裁[ていさい]の整然[せいぜん]たること他の官私の學校に於て望[のぞ]む可らざるものありと云ふ左れば今の師範學校は規律[きりつ]の上にては最[もつと]も整然[せいぜん]したるものにして妄[みだり]に紛耘[ふんうん]の起る可き筈[はづ]もなく好し又起りたりとするも之を鎭制[ちんせい]すること最も容易[ようい]なる可きに實際に然らざるは甚だ怪[あや]しむ可きに似たり彼の私立學校(東京二三の)を見るに規則[きそく]の嚴密[げんみつ]ならざるは申す迄もなく生徒の種類[しゆるゐ]も甚だ雜駁[ざつぱく]にして朝[あした]に來りて夕[ゆふべ]に去る者あり師弟の間とても別に之を結[むす]び付くるものもなく其關係は至て疎[そ]なれども互の間柄[あひだがら]は案外親密[しんみつ]にして紛耘の沙汰[さた]あること少なく時として事の行違[ゆきちがひ]より一時の波瀾[はらん]を生ずることあるも喩[たと]へば猶ほ小兒の爭の如く直に相和[あいわ]するの常なるに師範學校の紛耘は即ち然らずして多くは辭職[じしよく]もしくは退校等の結果[けつくわ]に畢[をは]るが如し抑も學生を遇[ぐう]するは兵卒を御[ぎよ]するに異[こと]なり元來兵卒なる者は其理非曲直を問はず上官の命とあれば只管[ひたすら]これに從順[じうじゆん]するの義務[ぎむ]あるのみならず學生と比較[ひかく]すれば寧[むし]ろ智識[ちしき]に乏[とぼ]しき種族[しゆぞく]なれば其規律[きりつ]は何程嚴重[げんぢう]にして之に臨[のぞ]むに威嚴[ゐげん]を以てするも不平を訴[うつた]ふること少なしと雖も學生に至ては事情[じじやう]自から異にして其學術[がくじゆつ]智識[ちしき]の度、兵卒に比す可らざるは勿論活溌[くわつぱつ]奔放[ほんぱう]は學生の常態[じゃうたい]にして之を檢束[けんそく]すること頗る難し[かた]且つ又學生の言行氣質に順良の必要なるは勿論の事なれども學生の順良と兵卒の順良とは之を養成[やうせい]するに其法を異[こと]にせざる可らず即ち兵卒の順良は規律と恩威の下に之を得べしと雖も學生に於ては自由と節制[せつせい]との間に之を見るものにして而して其養成[やうせい]の責任に至ては其人物の徳望[とくばう]と注意とに依頼[いらい]せざる可らず況や親愛威重の如きに至ては即ち一身の地位[ちゐ]徳量[とくりやう]に關[くわん]するものにして之を學生その人の自家自重の精神に訴[うつた]ふるの外なし然るに今の師範學校は兵式の紀律規則を以て學生に臨[のぞ]み而して以上の氣質を兼備[けんび]せしめんと期するものなれば其管理[くわんり]の尋常ならざるは固より當然の事にして局に當る者は兵[へい]に將[しやう]たるの技倆[ぎりやう]を人に施たるの徳望[とくばう]とを兼ねたる人物にして始めてよく任を全うすることあらんあれども今の世間に於ては校長たる地位[ちゐ]に斯[かゝ]る人物を得ること中々容易[ようい]ならずして且つ撰任[せんにん]の實際を見るに云々の内規は之れ〓〓〓〓んと雖も〓去就進退は一般の官吏と同樣、官〓〓〓〓に〓ふの〓〓〓にあらず〓に〓〓〓の折柄[をりがら]、〓〓〓〓〓〓早々〓〓〓〓未だ信を得るに遑[いとま]あらざる〓〓〓〓〓〓以て〓〓〓〓〓〓る可らず幸にして〓〓〓〓〓を心服[しんぷく]せしむるに足れば偶ま遇ま以て無事なることを得べしと雖も若しも然らずして單[たん]に規律[きりつ]の力のみに依頼[いらい]し威嚴[ゐげん]以て之を制[せい]せんと企[くはだ]つるときは動[やや]もすれば其裁量を誤まらざるもの稀[ま]れなり蓋し初めよりして其論あらざりせば之を頼[たの]みにすることもなかる可しと雖も既に嚴然[げんぜん]たる紀律の備[そな]はるものある以上は先づこれに依らんとするは普通[ふつう]の人情なる可し然りと雖も一片の紀律は以て有腦[いうなふ]の學生を檢束す可らず檢束ますます嚴にして不平ますます甚だしく終に紛耘を見るに至る其現象[げんしゃう]は樣々なる可しと雖も破裂[はれつ]の原因多くは此邊に存するものなれば今その紛耘の源を尋[たづ]ねて之を正[たゞ]さんとするには先づ其檢束の法を改むるか否[しか]らずんば兵卒を統御[とうぎよ]する恩威[おんゐ]と子弟を薫陶[くんたう]する徳望と兼有する大勇大徳の人物を得て之に任[にん]ずるの外なかる可し今の師範學校の管理法も亦難哉
檢束 檢は手偏