「集會條例第八條」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「集會條例第八條」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

集會條例第八條

日本の政黨[せいたう]は今後[こんご]如何[いか]に成行[なりゆ]くべきやとは尋常[じんじゃう]私席[しせき]の間にも往々聞く所の問題[もんだい]なり成程[なるほど]今の所謂[いわゆる]政黨の中には大同團結[だんけつ]あり改進黨あり自治黨あり中立黨あり保守黨ありて其數隨分少なからざるのみか各地方に至りて其政況を視察[しさつ]するときは種々樣々の政治的團體[だんたい]ありて必ずしも以上枚擧[まいきょ]したる黨派の主義を贊[さん]するに非ず思ひ思ひに旗幟[きし]を立て清楚[せいそ]の間に介立[かいりつ]して途方に迷[まよ]ふものも甚だ多く將來如何なる方向に進みて遂[つひ]に何[いづ]れの黨派に歸[き]すべきや殆んど豫定[よてい]す可らざるが如し蓋し國會開設[かいせつ]の準備[じゆんび]として政治を談論[だんろん]するは固[もと]より不可なき次第なれども唯今日の如く支離滅裂[しりめつれつ]の姿[すがた]を成[な]して互いに小事を爭[あらそ]ひ日に其心を動搖[どうよう]して堵[と]に安んぜざるの有樣にては啻[たゞ]に國計の爲めに不利のみならず政黨の爲めとしても國會準備の効用[かうよう]をなすこと能はざるべし或は雨降[あめふ]りて地固[ちかた]まるの理に均[ひと]しく無數の小黨互に衝突[しやうとつ]して其態[たい]を戦[たゝか]はしたる後に大は小を併[あは]せ強[きやう]は弱[じやく]を倒して他年一日歸一[きいつ]することもあらん歟なれども是は前途甚だ遼遠[れうゑん]にして明年以後國會の弊[へい]を救[すく]ふの道にあらず又或は國會開設の後に於て實際の事件に付き議論[ぎろん]の分裂を來〓〓〓壇上より甲乙相協同するに至ることも有る可け〓〓〓も本來政黨なるものは何れの國を問はず至極超然[てうぜん]〓〓〓をなすものにして今の英國の愛蘭自治案一件〓〓は格別、その他に至ては主義の所在[しよざい]も甚だ怪[あや]しく唯毛色[けいろ]の相類似[るゐじ]したるものを友とするは恰[あたか]も政黨の實際たるが如し左れば事實の得失論を標準[へうじゆん]として向背[かうはい]を決せんなど言ふは唯是れ理論上の言にして政黨運動の内實を察[さつ]せざるものと云ふ可きのみ若しも毎度起[おこ]るべき大小の事件に付その當否得失を判定[はんてい]して去就[きよしう]を決[けつ]せんとするに於ては其身は恰も政黨以外の小政黨にして輕[かろ]きこと浮萍[ふひやう]の如く忽ちにして甲黨に連[つら]なり忽ちにして乙黨に左袒[さたん]し其運動に當ある可らず或は政治家に鬼神の明[めい]を以て不變の説[せつ]を定め終始その行路を違[たが]へざる者あらば安んじて之に依頼[いらい]す可しと雖も本來政治は俗世界の俗事なれば之に當る政治家も亦俗物にして臨機[りんき]應變[おうへん]を旨とし徹頭徹尾[てつとうてつび]一樣の説を守る可らず又古來これを守りて其言行の一致したる事例[じれい]も甚だ少なし故に政黨の本色は主義の細目[さいもく]を問はず大凡そ西とか東とか大體の方向を定[さだ]めたらば漠然の際に一個の主領戴[いたゞ]き以て一方に運動[うんどう]するまでのことにして事の内實は何れの國も皆然らざるはなし然るに我政治社會の實際は前陳の如く三々五々の小黨相對して睨合[にらみあ]ふのみの有樣なれば今この風を改め眞の大政黨を形造[かたちづく]るの見込あるや否や其方法は如何にして可ならん歟是れ即ち今日問題[もんだい]の起る所以なるべし

英國に於ける政黨の組織[そしき]を案するに各地方毎に自由黨員の存する所には自由黨の會所[くわいしよ]あり保守黨員の存する所には保守黨の會所ありて此地方と彼の地方と同じく自由黨なれば雙方の會所役員より互に通信往復[わうふく]して脈絡[みやくらく]を通じ一は二を併せ又三に合し全國の自由黨は悉く右の方法によりて連結[れんけつ]し屡々相倚りて終に首領の本陣[ほんぢん]に歸一するといふ故に之を分析[ぶんせき]すれば無數の團體[だんたい]より成るものなれども結合の區域[くゐき]は甚だ廣[ひろ]くして全局より之を望見[ぼうけん]すれば保守黨なり自由黨なり將[ま]た聯合[れんがふ]自由黨なり國會の議場に黨名[たうめい]を擔[にな]ふ者は其數至て少なく隨て其運動は頗ぶる圓滑[えんくわつ]なるを得るものなり左れば今若し日本に政黨を形造らんと欲すれば從來既[すで]に成りたる地方の各政治團體を連結[れんけつ]するの工風は至極肝要[かんえう]にして此要を缺[か]くときは政治社會は群雄割據[ぐんゆうかつきよ]遂に統一すること能はざるべし而して今の日本は此の趣向[しゆかう]を實施[じつし]するに便利[べんり]なるや否や

憲法既に發し國會將[まさ]に開[ひら]けんとするの今日に於ては集會條例の實際[じつさい]に不都合[ふつがふ]なること夥[おびたゞ]しく何々の相談會は勿論臙居茶席[えんきよちやせき]にも屆出[とゝけいで]を必要[ひつやう]することありて到底[たうてい]この儘に保存すること能はざるべきは何人も爭はざる所なれども就中立憲政治に必要[ひつえう]なる政黨の組織[そしき]を遮[さへ]ぎるものは同條例第八條にあり其の文に曰く政治に關する事項[じこう]を講談[こうだん]論議[ろんぎ]する爲め其旨趣[ししゆ]を廣告[くわうこく]し又は委員若くば文書を廢して公衆を誘導[いうだう]し又は他の社と連結[れんけつ]し通信往復することを得ずと結末[けつまつ]一句他の社と連結[れんけつ]し云々は正に前記したる英國政黨の筆法を許さゞるものにして小黨を合併して大黨たらしめざるも必竟此邊の掣肘[せつちう]に由るものには非ざるか、立憲の精神を西洋の文明國に取りて其方法[はうはふ]を同うせざるは我輩の最も了解[れうかい]に苦[くるし]む所にして今後遼に之を改正[かいせい]せざるに於ては政黨の組織先づ以て見込みなしと云はざる可らず殊に我國にては封建[ほうけん]の殘夢猶ほ未だ醒[さ]めずして天下に志ある政治家も遂に其故郷を忘[わす]るゝこと能はず動[やゝ]もすれば關東と云ひ東北と云ひ中國と云ひ九州四國と云ひ其地方に偏[へん]して區劃[くわく]を設[まう]け政論爭即是れ郷國爭とも云ふべき有樣なる上に法律[はふりつ]を以て是に他と通信往復するを許さずとありては何としても能く關門[くわんもん]を撤[てつ]して天下を友とすることを得んや所謂道に横[よこた]はるの障害[しやうがい]にして我輩は集合條例の大改正を望[のぞ]む中にも第八條は速に刪除[さんぢよ]せられんこと希望[きぼう]に堪へず或は云ふ政府は此の條例を設けて大政黨の組織を防[ふせ]ぎ以て國會の勢力を過大[くわだい]ならしめざるの趣向ならんと臆測[おくそく]する者あれども是は齊東野人の言にして既に國會開設を約束[やくそく]したる政府が何を苦[くるし]んで斯[かか]る姑息[こそく]の策[さく]を取らんや況んや公然大政黨を表發[はつぺう]せざるときは政治社會の運動は常に隱微[いんび]に陷[おちゐ]るを免れずして詭辯[きべん]測[はか]り難きに於てをや政府は決して弊[へい]を養[やしな]ふの愚[ぐ]をなさゞる可ければ我輩は刮目[くわつもく]して同條例の成行を見んと欲する者なり