「 北海道開墾地の免租 」
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時事新報に掲載された「 北海道開墾地の免租 」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
北海道開墾地の免租
政府は法律第十八號を以て北海道開墾地にして明治二年以後有租地となりたる田畑及郡村宅地は明治二十二年より同三十一年迄特に地租地方税を免除し其頃に開墾年期中のものは満期の翌年より尚ほ十箇年間地租地方税を課せざる旨を公布し又閣令第二十號を以て北海道土地拂下規則第十條を改正し從來素地代價は千坪に付金一圓とし成功の後之を拂下げ其翌年より十箇年の後にあらざれば地租地方税を課せずとあるを更に二十箇年と改めたり抑も北海道の開拓は政府の夙に注意したる處にて明治の初年より開拓使を置き專ら其事に當らしめ或は屯田の制を設けて内國人の移住を勸め或は道路を開通して交通の便を盛にし又或は諸種の製造所を起して物産の増殖を謀るなど開拓の事業と共に殖産興業の事には奬勵保護至らざる所なく一方には荒蕪不毛人迹の到らざる未墾の原野ある其傍の一方には烟突天に朝して文明國の市塲に上る可き立派なる贅澤品の製造所を現出するなど頗る奇異の觀なきにあらざりしも當時の有樣に於ては或は奬勵保護の止み難き事情もありしならん其後十四年の開拓使廢止に續て十八年北海道廳の設置となり道路の變更と共に道政も亦隨て變更し官有の工塲を拂下るなど次第に其趣を改め去る二十年中には同道漁業の大障害たりし水産税を輕減し又出港税を廢止せしが今又開墾地の免税を見るに至りたるは政府が同道に對し專ら放任休養の政略を執るの徴として我輩は大に其時宜を得たるの處置たるを喜ぶものなり抑も北海道は我國の一大富源にして後來大に發達の望あるは吾も人も疑はざる所にして其富源を開くの方法に至りては世人の考案計畫する所一にして足らざれども之を要するに干渉保護の労して功なきのみならず徒らに金を損して其結果の不良なるは殷鑑既に遠からざる所なれば之は到底無駄の事なりとして扨その他の方法を求むるに屯田の制を擴張して人民の移住を=にするなり内部の開墾を後にして海岸の漁獵を先にするなり米國の風に傚ひ鐵道を未開の地に敷設して開拓の便に供するなり人に依りて種々の説なきにあらずと雖も利の在る所に赴く趨くは自然の人情にして若しも北海の富源、果して能く人を利するものあるに於ては他の奬勵勸告を待ずして内地の人民は爭て之に歸することならん左れば同道を開くの策は別に痛心苦労を要せず漁業なり開墾なり又製作なり成るべく人民をして自由に之に就しむるの便を供し其事業の發達を妨げざるの工風最も肝要なる可し彼の水産税の輕減又今回開墾地の免租の如きも此目的に外ならざる可ければ我輩は此=に於て大に賛成の意を表するものなり
=は今回北海道開墾地免租の公布に就き賛成の意を述べたるものなれども我輩は内地の開墾地に關しても右と同樣の感想を抱くものなり現行の地租條例に依れば開墾地は十五年以内の鍬下年期を許し年期中は原地價に依り地租を徴收すとありて開墾地の鍬下年期は十五年と制定あるが故に之に從事する者に於ては着手の初より其成後を豫想して窃に不安の念なきにあらず蓋し開墾の事たる他の事業と違ひ幾多の人力と費用とを掛け其成蹟を幾年の後に期するものにして殊に廣漠たる原野海面などに至りては意外の年月を費すものもある可ければ此邊の考も必ず切なる事あらん尤も其年期明に至り開墾の成功に至らざるものは更に十五年以内鍬下經年期を許可する筈なれども國の大計より見るときは畢竟無より有を生するの利益にして必ずしも國庫の歳入を急ぐにもあらざれば前後通して三十年のものを更に五十年と爲し又七十年と爲すも國庫に失ふ所なくして起業者を奬勵するの効は洪大なる可し我輩の宿論は内地の開墾に關しても既に斯の如し况して北海道の鍬下は一層の寛大を祈る者なれば今回の法律を悦はざるに非ずと雖も既墾の地を十年、拂下の素地を二十年と定めたるは寧ろ其短きを憾むの情なきにあらず如何となれば同道の開墾は之を内地に比してその困難の事情、同日の談にあらざればなり故に我輩は政府の今回の擧を賛成すると同時に其内地と北海道とに論なく鍬下の年限に猶ほ非常の延期あらんこと希望の至りに堪へざるなり