「 大資本家の要用 」
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時事新報に掲載された「 大資本家の要用 」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
大資本家の要用
艱難を共にして困苦に處する間には互に相慰めて世の懶きを懶しとせざることも左程人生に難からざる所なれども一方の次第に富貴に進むを見て其出世を心に祝するが如きは盖し盛徳の君子に非ざれば能くせざる所なるべし左れば其富貴は不正不義によりて得たるものに非ざれども唯他の世間に時めくを慊しとせざる一片の私情より如何にもして之を傷つけんと欲し私事内行に迄も立入りて只管攻撃非難の材料を求むるは＝(ルビげつ)季なる浮世の常態にして今更事新しく云々するにも及ばざるのみか在昔徳川の時代には政府の政策にも自から此意味を含みて富豪家の抜群に身代を高むるは經世の爲めに宜しからずと悟りたることならん時としては非常なる法令を發し凡そ金錢貸借上の紛紜は之を法廷に持出さずして示談にせよと命したる事例もあり即ち貧人の借金は返すに及ばずと公言したるも同樣にして文明の法理には適せざる樣なれども貧富平均の政策自ら當時の宜しきに叶ひたるものにして敢て非難すること能はざるべし然りと雖も此等の事たるや鎖國封港の世の中にありて日本人が他の人種を交へざる時代には至極適當の處置ならんなれども國を開いて外人と競爭し互に活劇塲裏に立たんとするの塲合に際しては舊時の治安策は却て難儀の種にして海内の同胞に非ざる外國人の爲めに國の實益を蹂躙せらるゝの惧なきにあらず蓋し今の世界は金權の向ふ所前なしとは云ひながら日本國内に於ては富者と貧者との間に自ら徳義上の關係深くして假令へ金權に逞しきも世間の物論を憚りて遠慮する意味も少なからずと雖も外國人の身には素より此邊の會釋ある可らず單に資本金の金力を振ふて人情の外に勝手次第の運動を働く可きが故に日本人は貧富諸共に其鋒に辟易して一時の不利なきは保し難かるべし今日の所にては外人の居留地に一定の區劃ありて廣き内地の事業に向て縦横に資本を投すること能はざれば先づ以て無難に經過する樣なれども近來其筋に於て頻に條約改正の談判を取急ぎ着々協議を整ふるの趣なれば治外法權の撤去と共に内地雜居を許すの日も思ふに遠きに非ざるべしいよいよ其曉に至れば入込み來る外人に拮抗し徒に利益を奪はれざるの用心こそ肝要事にして能く此任に當るものは富豪家の一流に外ならざれば我國人たる者は鎖國の夢を夢みて富豪を押下ぐるの迂計を捨て多々ますます大ならしむるの工風に＝到らんことを祈望するものなり
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汽車の魚類運賃
過日新橋神戸間鐵道にて發車の時刻を改め又乘客の賃金を引下げたるは我輩の大に賛成する所にして猶ほ各線路に於ても亦同樣の擧あらんことを望むものなり之に却て我輩は貨物の運賃をも定めて低減することならんと待設けたりしに未だ左樣の譯には參らずして依然舊の如しとは不審の次第なり本來汽車の運賃は何を標準とせしものなるや知る可らずと雖も賃錢を引下げて發車の實＝＝＝引くも猶ほ收入に利益を見るは必然の所なるべき＝＝＝着々此等の改良あらんことを希望すると同時に＝＝＝＝の等級に付て聊か一言せざるを得す今日の所にては同等の區別ありて就中鮮魚類は最高價に位するものなり是れ蓋し腐敗の惧あるが故に其取扱方の面倒なるに由るものならん歟なれども日本人の衛生上より考ふるに鳥肉牛肉抔は屈竟の滋養物なれども是は直段の高きが爲め中等以下の人民には常食として強ゆ可らず爰に魚類こそ千百年來の習慣もありて左程に高價なりと云ふにも非ざれば恰も鳥牛に代て衛生を助くるに足るものなるべし左れば我輩は鐵道の次第に開くるに從ひ是まで容易に魚類を得難かりし地方にも即時に配布するを得て衛生の道を擴張することを信じ竊に世人の爲めに賀意を表せしに扨實際に臨みては鐵道の運賃の高きが爲め思ひし程の好都合には至らずと云ふ鐵道の爲めに計りて魚類の運賃を特別に高貴ならしめざるも荷物の増加に割合はせて敢て損失なきのみか其等級の標準も甚だ正確を欠きて而して其結果は衛生上の助けをなすに足らずとすれば我輩は少しく遺憾なき能はず故に鐵道の運賃は總體に之を引下ぐべき中にも魚類の如きは特に速に運賃引下げの美擧あらんこと希望に堪へざるなり