「今の世論の喧しきを察して将來に注意す可し」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「今の世論の喧しきを察して将來に注意す可し」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

今の世論の喧しきを察して将來に注意す可し

奇なる哉今の日本社会は都鄙到る處として政治の談を聞かざるはなし苟も二人以上相會すれば酒宴茶席の別なく常に政談を催ほして止むを知らず國會の準備、府議會員市町村會員の撰擧、又近日に至りては條約改正の得失等より小なるは諸會社銀行等の役員撰擧に至るまでも其議論の喧しきこと實に未曾有の有樣にして日一日に甚だしきを加へ其極端に至れば時として腕力に訴ふる者さへなきにあらずと云ふ即ち今日の日本は兵馬の騒亂こそなけれども議論騒擾の社會にして經世の點より見れば決して祝す可きものにあらず而して其議論者は如何なる種族ぞと尋れば後進の讀書生ならざるはなし凡そ此書生なる者は大抵皆士族の子弟にして在昔なれば世禄に衣食して定まりたる家に居る可き身分の者なれども今や其禄はなくして讀書推理の教育は舊に異ならず學校に就學して多少に字を知り理と講し〓傳天賦の智識發達して退校するも歸るに家なし左れば業に就かんとするも滿目みな賤業にして其氣位に叶はず偶ま意に適す可き地位は早く既に他人に占められて最早や空位なし是に於て漂然適する所を知らずして俗に云ふとうかかうかして衣食するの境界に出没する〓なれば人間社會に事あるこそ幸なれ何事にても變常となれば直ちに喙を容れて猶豫することなし其議論の喧しきも謂れなきに非ざるなり畢竟その人の罪に非ず其身の有樣に由て然るものなれば如何なる人物にても其智識の性質程度を斯の如くならしめ其衣服の艱難を斯の如くならしめたらば其言論擧動も亦必ず斯の如くならざるを得ず我輩の曾て怪しまざる所のものなり抑も教育は人事に處するの道を知らんとするの方便にして例へば農たらんとする者は農事の道を知らんが爲めに其一部分の教育を要し、工商に志す者は工商に必要丈けの智識を求め、醫師に官吏に代言人に先づ其志を立てゝ然る後に必要缺く可らざるの教育に就く可き筈なるに我國の教育は何となく先づ教育を施し其成業の後に身に叶ふ可き事業を求るの風なれば有限の事業に無限の學者を生じて其學者に衣食少なきも偶然に非ず衣食いよいよ少なければ議論いよいよ多し即ち今日の多議多論なる由縁にして我輩は數年前より此に注目し貧者に最も必要なるものは衣食なるが故に若しも〓人の子に教育とあらば唯手近く殖産の道を教ふ可し其教育をも受るの方便なき者は單に日用の文字と算數とを知らしめて足る可し、高尚なる教育は頗る修業金を要するものなれば富家の子弟に限る可し無理なる仕〓〓けて貧子弟に高等の教育を工風す可らず積極に〓〓〓〓〓〓〓〓に經世の業を生ず可しと幾回か論辨〓〓したれども〓〓〓〓を〓く者なく教育の熱度駸々〓〓〓止まざる〓〓〓〓なく今日は是れ〓の積極の〓〓を〓〓の議論に〓〓りたるものゝ如し唯氣の毒なりと云ふ可〓〓〓

左れば既往は追ふ可らずとして今後を警むるは經世の大事成る可きに付ては我輩の持論の如く官立公立の高尚なる高等學校を廢するは今日の急なりと斷言せざるを得ず殊に今の官吏登用法に官立公立の學校に卒業したる者は試驗を經ずして官吏たる可しとあり取りも直さず學校の門に官途の地位と名くる餌を懸けて少年子弟を招くものに異ならず左なきだに價の安き高等教育を受けんとして熱望する貧子弟が卒業の後は官吏たる可しと云ふ誰れか之に走らざる者ならんや滿門生徒の目的は單に官途の出身に在りて法學に經濟學に毎年幾多の卒業生を出し或は卒業せずして中途に廢學する者も是亦自から未熟の小政治家なれば其談する所は常に天下國家の事にして一身の謀を爲す者とては甚だ少なし斯く無數の官學生を作りて官途の候補者と無し扨實際に其地位の有無を尋れば如何に日本政府にても候補者の十分の一を用ふることは數の許さゞる所ならんなれば幸に十中の一を利用して其九は如何す可きや此輩の目的は入學の其時より官途出身と覺悟して實際に其地位を得ずとあれば不平なからんと欲するも得べからず即ち議論の原素なり左れば官立公立の高等學校に國庫の金を費し或は公共の資本を以て教育の仕組みを設くるは金を費して人の不平を買ひ天下に無責任の議論を多端ならしむるものにして我輩は其何の理由たるを解するに苦しむのみ凡そ此邊の利害は從前幾度も論したることなれども近來に至りては當局者も聊か世論の喧しき事情に逢ふて心に感ずる所もあらんと思ひ既往は兎も角も将來の注意の爲めに一言を呈するものなり