「西尊東卑(昨日の續)」

last updated: 2021-12-25

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時事新報に掲載された「西尊東卑(昨日の續)」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

東西の文明は各々その〓原を異にして一長一短、尊卑一方に偏ず可からず盖し西洋文明の極意は人生有形の快適(Comfort)を長養するに在りて衣食住の品質形容單に其趣向に從ふは申すに及ばず彼の凡百學理的の發明工風も亦專ら此快適の〓長を期するものゝ如し即ち温飽快適を主として雅致風流を客とするが故に西洋上流〓會の中には〓に其主とする所を滿足し盡して漸く雅致風流の談に及ぶものなきに非ざれども先つものは有形實質の快適にして嗜好卑俗武骨殺風景の痕跡を脱すること能はざるは西洋文明の本色にして我々東洋人の毎度冷〓する所なり今西洋國の實際に就て其日常衣食住の模樣を見るに家は石造煉瓦造にして云はば一家五口の城郭、風雨火難の心配なくして堅固誠に堅固なれども雅致を解せざる悲しさには形に美妙の觀なくして四角の箱を立てたるが如し庭は〓ね長方形にして平地に芝生を敷きたるは運動散歩に便利なれども泉石布置の妙なくして三角四角の形より成るは丸で幾何學の稽古塲の如し盆栽の樹木に枝振りを〓まず卓上の草花に挿花の術なく食膳に臼大の肉塊を列して〓〓を杯盤の間に横ふる等要するに肉體の快適を主として雅致風流を形容の外に求むるものありとも思はれず筋骨逞ましくして器用ならず二本の箸で〓が食へず指の先きにて小〓が〓れず舞〓に足のみを動かすは〓類跳〓の進化したるものにやあらん單に活〓なるのみにして絶えて〓雅優美の態なく體力氣〓の強大なるが爲めにや家屋器物を始めとして其規模誠に廣大なれども金碧燦爛唯ヒカヒカたるを〓びて小兒が玩具を求むるに赤く華やかなるを撰むと一般、嗜好に澁味を含まずして卑俗淺薄たるを免れず今試に此輩に説くに我が粹人〓會に於て衣服の裏を絹にして其表を木綿にし若くは絲織の光澤を忌んで結城紬を珍重する趣、或は茶人〓會にて破綻廢〓殊に形の片輪なるものを愛〓する等の意を以てせんか如何で其粹〓〓味を解することを得べき唯茫然たる可きのみ畢竟快適を形容に求むるものにしてストーブの前で葡萄酒を〓む樂は解し得れども林間讀易坐靑苔などの趣は盖し彼等の評價し得べき限りに非ずして斯くては風邪に冒さるゝならんなど忽ち實體快適の疑問に移ることならん今の西洋文明は此等有形の快適を追ふものが其向きの趣向を以て長養發達したる者なれば俗氣粉々共に垢〓けたる文〓風流を語るに足らずを知る可きなり

〓みて我が日本國を見れば山水秀麗の氣の鬱〓〓〓する所、〓〓工〓の士に向て一種言ふ可からざる妙想を〓與し〓〓彫刻陶〓諸〓文〓雅致を究極して伊太利佛〓西の名工にても企て及ばざる所なきに非ず盖し我が日本人は身體強〓にして〓慾少なく〓經鋭敏にして細々しく器用なる素性あるものゝ如し而して其身體の處〓にして其〓經の鋭敏なるは所謂風流心を濃厚ならしむる一原因にして病中の作に名詩多きも亦其一例として見る可きなり即ち我が美術工藝の士が指先き器用にして想像力の高雅なるは〓先心體の遺傳に於て然らしむる所、將た風土天然の光景自然に國民の雅致を進めて草刈る賤の女に至るまでも尚ほ彼の天然風景の美を〓しむ〓癖を爲したる等の致す所にして武骨〓強〓慾極めて盛んにして有形實質の快適を追ふ彼れ西洋人輩の遠く及ばざる所なり抑も我が日本の諸美術は徃古支那より傳來して換骨脱體出藍の譽を得たるのみな〓ず今日歐洲の諸美術館に入りて日支兩國の美術品を比較すれば俗雅死活人智の變斯くまで相違あるものかと自から驚嘆する程の次第にして東洋美術の〓粹は實に日本に〓まりたりとの事實を發見するに足るべし即ち歐洲國人の獨り我が美術品を珍重する所以にして其大體の自慢談は今暫く之を〓き日常瑣末、人の注意せざる部分に渉りても尚その想像の高尚にして機智の敏妙なるを見る可きもの少なからず例へば日本の畫題には畫外に寓意を含むもの多く鯉の瀧上りに士人出世の意の意を表して雪折れ竹に耐〓を示し四君子に〓操を表して鶴龜に長〓、〓〓に〓〓の趣を表はす等その趣味意想の高妙なる畫意深くして外國人などの酌み盡す可き限りに非ず又彼の俗談俚話の類、廣く世間に傳はるものは其民〓の意想を示すものにして古來我が俗間に流傳する猿蟹合戰、花咲老爺、若くは舌切雀等の如き以て其の想像の〓雅なるを見るべく之を彼のシンドレラ(西洋の俗間に行はるゝ假作談にして我が紅〓缺皿の談に類して稍拙なるものなり)などに比すれば雅俗天淵の差あるを知る可きなり又彼の旗號紋所の形を見よ凡そ世界の國旗中に我が旭日旗の如く優美高尚なるものありや或る西洋人は日本に先ちて之を其國旗號と爲さざりしを憾みて日本國にて其旗號を賣り渡す意あらば其意匠を買ひ受けたし云々と語りたる者さへありと云へり或は日本名家の諸紋、菊〓、葵、鷹の〓等其形の美事なるものを以て西洋のコート オヴ アーム(多くは龜甲形にして斧若くは旗等を交〓したる紋所なり)に比較せば是れ亦一見して其優劣を判斷することを得べし此等は瑣末の事柄なれども日本と西洋との美術思想に如何なる巧拙ある可きや亦以て其趣を見るべく美術上の或る〓に於ては日本は天下の師範として毫も愧づる所なかる可きに然るに何物の無〓識者か敢て西尊東卑を唱へて自から其所長を疎外し武骨殺風景なる西洋品を盲〓して之れに媚び又之れに癖するに至る言語道斷沙汰の限りと申す外なきなり畢竟眼界の狭くして外を知らざる致す所にして昔年或る田舎〓の需者が終年苦學尚ほ江戸〓に及ばずと思ひたる折柄たまたま江戸に罷越して扨て其儒者等に接するに及んで始めて己れの學力に驚き江戸儒恐るゝに足らざるを知りたりとの奇談あれども日本の美術工藝も彼の田舎儒の學力と一般、歐洲中原に押し出して眼界廣く彼此相比較することもあらば自から其〓妙高尚なるに驚きて美術上西洋盲〓の迷夢を破る時ある可きか天の我國に賦與するもの薄からず我々日本人は自から輕んず可からざるものなり(以下次號)