「西尊東卑(昨日の續)」
このページについて
時事新報に掲載された「西尊東卑(昨日の續)」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
高 橋 義 雄
美術的の文明に於ては日本は世界の先進國にして此一〓に至りては彼の非西尊東卑説も聊か遠慮に及ばざる次第なれども今の日本は開國日淺く國民年齢の老少に因りて〓育の新舊、思想の急漸、固より相同じきを得ず古流新進意氣相通ぜず各種の原素各樣の思想雜〓混沌たる世の中なれば同じ筋道を行く人にても考ふる所は別々にして王政復古に祭政一途説が飛出し假名の會に侍る言葉が現はれて演劇改良に正史論が出づる等の奇例もあり總じて〓解心得違ひの多き折柄なれば所謂非西尊東卑説も例の通り極端に走りて暗に攘夷風の空氣〓長して國粹保存の通り過ぎを生ずる恐なきに非ず前絛にも記述せし如く今の西洋の文明は有形實質總べて數理に根據して物理天然の約束に從ひ物理の學進んで蒸汽電氣の働を知り之を人事に適用すれば天然の理法欺く可からず其理法に從へば何人にても之を駆使して其〓用を〓むることを得べし地質學に地底を測りて天文學に天體を詳にし航海學に船の運動を制して簿記學に帳面の〓確を保ち法學盛んにして生命財〓自から安く醫學開けて〓死回生の恩波を及ぼすが如き其他博物地理算數、都て有形の實學にして其〓確緻密なるは申すに及ばず悉く天然の理法に因り又その約束に從はざるものなし即ち日新文明學の所長とする所にして日本が近來進歩したり又大に開化したりなど〓するも實は我が先輩諸氏が刻苦專心斯學を導き又この利器を利用する道を講じて之が我が人事の實際に施すことを得たるまでの事にして若しも此有形學を蔑〓すること彼れ支那人の如くなりせば醫術は則ち草根木皮、天文は則ち天動地〓、陰陽五行の妄誕に迷ふて世事萬端人後に落ち程なく第二十四世紀に移らんとする今日、廟堂士君子の間に於て鐵道布設に反對する者あるが如き奇想を存じたることならん我が師友先輩諸氏が昔年萬方多難の際、西洋文明を輸入せんとして其全力を傾けたるは殊に此有形實學の〓にして蒸汽船車電氣諸機關凡そ人生實質の便利快適を〓長するものは悉く斯學に原因せざるものなしと云ふも可ならん即ち今の世の中に生れて文明の進路は長〓せんとするものは始終一心之を尊重す可き筈にして此一〓に〓み込みて漫に非西尊東卑説を語るは我輩の〓に取らざる所なり或は有形實學の〓を離れて日常人事交際品行德義等に渉れば東西古來の習俗もありて其外見に於ては双方相顧みて相互に顰蹙する程の事にても其内〓に立ち入れば德義上酷評す可からざる向きも多く日本の蓄妄不品行、西洋の〓〓周旋料等その〓俗の如何に由り世上の人〓に訴へて德義上責任の輕重もあり又西洋の國に由り又その種族の階級に由りて或る一部分の醜行は見るに〓びざる程の塲合もあれども假りに英國中等〓會の品行などを標準として見れば其中凜然として敬重す可きもの少なからず或る人の説に日本の中以上の家にては貧客を家内に入れて家族同樣に同居することを許さざれども英國の家族は之を入れ家族同樣に同居することを許さざれども英國の家族は之を入るゝこと容易なり是れ其家屋構造等の相異あるが爲めならんと雖も彼の國夫婦の交際談話は朝暮他人の面前に在りて其見聞を恐れざれども日本家内の現〓にては傍聽人の同居を憚る〓實も多くして賓客の同居を許さざる意味もあらんと云ふ亦以て彼我家内の品行を卜するに足らんか或は商賣取引上の信用等に付き日本と西洋とを比較せんか多年の〓慣とは申しながら我が商人の彼れに及ばざること萬々にして現に今日の實際に於て金の授受には違約多く手形を用ふる區域は甚だ〓く銀行の役員が金錢上の非難を蒙りて相塲所の仲買人が毎度警察官の手を煩はす等其不信用の一端として見る可きなり此他商工實業の組織慣例等委細の部分に立ち入らば我れの彼れに及ばざる者極めて多く開國外交彼れと相接すること頻繁なる今日、彼の長を長として之れに感服し亦随て之を〓用するは誠に事の當然にして斯る部分に非西尊東卑説は全く無用なるが如し左れども人心は偏じ易く今の或る經世家などの中には洋癖論者が西洋に癖する程に己れ自から日本に癖して〓者が必死の病人に向て御養生次第云々の甘言を弄び〓師が不肖の子供に對して今にも大先生に及ぶべしとて漫に方便談を弄ぶと一般の説を爲すものもなきに非ず生理遺傳の理を解せざるものは斯かる方便談に滿足するならんと雖ども苟も書を讀み理を解して事物の美惡を判斷する明あらんものは一時の方便談を聞て自から欺き自から慰むるに〓びざるなり左れば東西相比較し其長短の在る所を察し彼れの所長は之を尊ひ又之を〓納して結局之を日本化せしむる覺悟こそ專一ならんのみ(以下次號)