「腕力沙汰」
このページについて
時事新報に掲載された「腕力沙汰」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
腕力沙汰
凡そ世の悪習慣を除かんとすれば先ず世間の人をして其悪を悪む氣風を養わしめ斯くて其氣風の壓力を以て之を〓治する外ある可からず例えば歐洲の新聞紙は男女の〓行等を寫すことを憚り最下流の讀者を相手にする者の外は先ず以て之を〓くる習例にして現に先頃墺〓利皇太子の變死に際し英國倫敦にてペルメル ガゼツトなど云える小新聞紙は其變死の〓因を究めて同時に何々〓も自殺したり其關係は云々なりとて下流の〓者に報じたるが如くなれどもタイムズ、スタンダード、デーリー ニユウス等の新聞紙は流石に奥ゆかしく差控えて之を色に現わさざりしが如き英國中等以上の氣風が暗に記者の筆を〓りて其記事を許さざりしものなる可し又歐洲諸國にて政事上に大議論あるか若くは〓〓〓〓等の騷々しきに際し政黨熱心の人々が表彰會を催すことあり特に先般佛蘭西にて例のブーランジエー〓軍がセーン撰擧區を爭いたる時の如き黨人銘々の激昻尋常にして〓方の黨派が撰擧人に宛てて廣告する其紙を破り合い或は〓軍が臀をまくりてセーン區民に糞尿する〓畫を撒き散らすなど鬼の如く荒くれ男が市街に充滿する勢にして東洋流の考にて婦女子が其〓邊に立ち寄るなどゝは思いも寄らざる事なれども此鬼人の群衆する間を乳母が子供の手を引きて見物ながら〓行する等の塲合もあれば人々爲めに〓を開きて毫も不禮の擧動なく乳母も子供も先天の心中に於て之を〓るゝことを知らざるものゝ如し孰れも世間の氣風にして新聞屋必ずしも嚴格ならず〓路の黨人必ずしも粗暴ならざるに非ざれども氣風の壓力には敵す可からず自然に相戒めて前條の習慣を成したるものならんのみ
〓頃世上に忌わしき風聞あり何々の宴會にて某氏は某氏と議論の末、終に〓薹を振り上げたり某地方の政談演説會に〓士何某は辨士と演壇に格闘せり某氏は或る懇親會に隱し持ちたるステツキを以て相手某々を打〓したり或る地の〓士は某新聞屋に押し寄せて其記者を〓めたり又昨今は地方の志士が縣會議員に辭職を勸めて例の〓りに毆打したりなど毎度我輩の耳に〓する所にして誠に小〓の戯なれども〓士と云い志士と云い苟も〓理を解する者が〓理を離れて腕力を用いる其〓〓を廣めて申せば國事に兵を動かす端緒ともなるべく〓戸〓〓の考ある〓ものは我が日本社會の氣風に訴えて今より之を一掃する工風なかる可からず世に〓闘は野蠻の〓習なりと云い我輩も亦然りと信ずれども左ればとて毆打騷ぎの卑劣なるが如きに非ず〓闘は武器を定め塲所と時刻とを定め又雙方立合人を定めて準〓に勝負なる者にして志氣の凛然たる自から士族風の〓〓あれども毆打は相手の不意に出で或は數人にして一人を襲い酔氣〓慾に使わるゝ者にして酷に之を評すれば折助風の所業と云わざるを得ず且つ其怪我傷害の點より申さんか〓時歐洲大陸に行わるゝ〓闘の如き云わば一種の儀式にして其刀劍を用いるものは徃昔我が武家に行われたる木刀試合の類にして縱え之を受け損じたりとて輙ち生命を害するに至らず現に日耳曼地方には〓闘倶樂部なるものありて常に劍法を修錬し或は倶樂部同士にて雙方委員を撰擧して眞劍勝負を爭わしむることなどありて一生幾十回の〓闘を經驗するものさえあり即ち〓闘に負けたるとて面部を一創を〓す位の事にして毆打の時として人を傷け或は之を不具にして間接直接その生力を害するの比に非ざるなり今や世間心ある士人は〓闘を野蠻の〓習として之を〓斥する其際に志士と云い〓士と云い苟も人事に辨するものが毆打の卑劣を實行して其心に愧じざるが如きは言語同斷の次第にして我輩は之を一個人に責むることを好まず唯我が社會一般の氣風が如何なれば此卑劣を許して敢て之を罰せざるや窃に不審に堪えざるなり〓頃〓〓地方を〓〓したる人の談に同地方の貧困は兼ねて聞きし所に倍して人民の惨〓は目も當てられず積年地主に〓血を絞られ枯〓零落したる其餘勢は俄に回復する望もなく土民は英政府の〓制を怒りて狂墳恰も烈火の如くたまたま日本人などが〓廻して地方の旅宿に投ずれば主人は忽ち詰め掛け來りて今の愛蘭事件に就き外國人の公平なる御所見を伺いたしとて熱心に疑問を試むれば隣室の客人も出て來りて拙者も共々伺いたしとて身政治上に注意せざる者は殆んど當惑する程の次第にして全嶋の人民激昻の頂上に〓したる者なれども感心なる事には〓を抑えて敢て腕力に訴える杯の塲合少なく愛蘭事務大臣バルフヲール氏は時に此嶋内に出張して演説などを試むれども人民が之れに無禮を加えて腕力沙汰に及びたる等の不體裁を開かず盖し腕力毆打等の所業は一〓に之を獣行と稱して英國社會の許さざる所なれば之を用いれば用いる程ますます世上の好意を失して事の成功を妨ぐべく扨こそ無學無識の輩も謹んで自から之を制して〓理の人に勝つを待つことならん意うに我國の士人中には此邊の趣を熟知するものも多からんと雖ども腕力家の間に上下するものは徃時傳馬町の獄屋にて罪業の最も逞ましき者が其上席を占めたると一般、其向きの功名手柄を以て其席順を定むるなどの事〓もありて心にもなき暴行を働き横着に外面を装う等の趣向もあらんか一個人の私に立ち入れば世上氣風の方向に由りて如何やうにも身を處するものある可きが故に我輩は國の安寧面目の爲め又我が士人の品格の爲めに世上一般の氣風をして痛く彼の腕力沙汰を戒め斯かる獣行を社會に許さざる方法に赴かしめんことを企望して已まざるなり