「墺に與せんか露に與せんか」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「墺に與せんか露に與せんか」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

墺に與せんか露に與せんか

方今歐洲禍亂の原因たる可きものは獨、佛間の怨隙を東歐事件との二つにして獨、佛の間は早晩破裂を免れざる可しと雖も目下の處にして先ず以て無難なりと云わざるを得ず然るに東歐事件は多年結んで解けざるのみならず昨年來は事體頻りに切〓して動もすれば密雲〓に雨ならんとする兆なきにあらず盖し東歐事件とは東歐強國がバルカン半嶋に對する關係にして強國中その關係の最も密なるものは墺、露の二國なりとす〓着の倫敦エコノミストは半嶋諸國が右の二國に對する感〓の如何に就き説をなして曰く露國はバルカン半嶋に於て墺國と勢力を爭うに就き世人の未だ曾て知らざる一大便益を有するものと云う可し若しも露國にして其爭に打勝つ時は半嶋諸國の政府人民が兼てより希望する土地を割て之に與える事ならんなれども之に反して墺國は此事を爲す能わず盖し彼のルーマニヤ、セルヴイヤ、ブルガリヤ及び希〓の人民は其土地の半を失い加えるに久しく他國の壓抑に屈するが故に其舊領を回復せんとする念一日も止む能わずして益々獨立の心を堅くし舊時の國光を發揚せんとする志あり即ち右の國々は數百年の間土耳其の壓制を受け殘虐の處置さえ少なかざるを以て徃昔全盛の當時を回想して之を〓〓し之を恢復せんとする念慮益々深からざるを得ずして實際と想像とを問わず苟くも此志を〓するが爲めには如何なる犠牲をも供し如何なる危險をも顧みざる程の次第なれば若しも是等の諸國の爲めに其望を滿足せしめんとする保護者の現出することもあらば諸國の人民は喜んで其好意を感〓することならん今夫れ諸國は其土地の位置と甲兵の力とに依り自ら〓んで其保護者たらんと期するものにして露國當局の人々は若しもバルカン半嶋の諸國が我に從属するに於ては其舊領を回復せしむるも決して憂うるに足らずと自ら信ずるものゝ如し例えばルーマニヤの人民は兼てより百五十萬〓の同國人を有するトランシルヴアニヤ(〓牙利の一郭)の土地を手に入れんと希望するを以て露國は戰勝の日に至り之を與える事を約束したり然るに墺國に於てはトランシルヴアニヤのルーマニヤ人は取も直さず其臣民にして且つ苟も國の一部を割て他に與う可からざること勿論なれば斯の如き約束を爲すこと能わざるのみならず却て其人民に向て回復の志を思い止まらしむる手段を講じ甚しきは之を目するに叛民を以てすることなきにあらず斯る事〓は〓ま以てルーマニヤ人中に露國崇拜の念を起さしめ墺國に與して露國に反對せんとする一派の人々の気を〓くに〓ぎざるのみ又彼のセルヴイヤ人は常にセルヴイヤ帝國隆盛の舊時を〓〓して止む能わず月の火曜日毎にコツソボに於て起念祭を執行し其舊領なるボスニヤ、ハーゼゴヴイナ、ダルマシヤ及びマセドニヤ、ハンガリヤの一部を回復せんとする念盛なりと云う左れば露國にては若しもセルヴイヤがモンテネグロのニコラス公子を其君主と仰ぎ露帝を助けて與にハプスバーク家に敵對さえするに於てはバルガリヤ一帶の地を除く外、悉く之を與う可きことを約束したるに之に反して墺國は自らダルマシヤ、ボスニヤ、ハーゼゴヴイナ等の地を占有するが故に戰爭に依る外苟くも之を授受する能わざる事〓あり又希〓の〓文は非常に大なるものにして最後の形見としてコンスタンチノーブルを所望する其外に先ず取敢えずマセドニヤの全州を望み殊に同地方の中にてもデスポトスダグルヒと稱する山脈以内の地は専領の特權を有するものと自認せり而して露國は無論之れに同意なれども墺國は則ち然る能わず盖し墺國は希〓の所望する右の土地には毫も關係なしと雖もサロニカ港に垂涎して若しも事宜に依りマセドニヤの一半を占領することを得ば之に依て以て東洋貿易の〓を開き其商賣の不振を醫せんとする念あるや疑う可からず而してポスニヤよりイジアン海に〓する路、開くるときは爲めにマセドニヤを兩分し恰も鐡〓を設けて希〓を閉鎖しエピラス及びアルバニヤに向て其志を逞くすること能わざらしむるに至る可し又最後にバルガリヤ人も亦デスポトスダグルヒ山脈に至るまでマセドニヤの地を所望する事なれども若しも墺國がこの所望に應ぜんとするには土耳其と戰爭して全勝を占めたる後ならざるを得ず然るに露國は全半嶋中に充滿する敵〓の〓神を利用するものにして此〓神たたる半は空想、半は愛國心に依て養成せられたるものなりと雖も然れども國中最大の勢力にして其向う所は露國と方向を與にするに在るものなりバルカン半嶋諸國と露國との關係は前〓の如くなるが故に墺國は更に其方向を轉じ半嶋諸國が獨立を好む〓に訴えて其〓心を得んと勉むるものゝ如し盖し右諸國の人民は國土を回復する一義は固より其望む所なれども永く獨立の體面を全うする念も亦常に盛にして若しも露國に與するときは其援に依り土地の回復は疑いなしと雖も獨立の一事に至りては聊か掛念なきにあらず露國の壓制狂暴は人のよく知る所にして假令へ暴力を以て壓抑するが如き事はなしとするも次第次第に浸漸して〓には其呑〓を被むる恐なき能わず殊にルーマニヤ及びバルガリヤの二國は露國よりコンスタンチノープルに〓する路に當るが故にこの恐も一層甚だくして兩國の政府が其脆弱なるにも拘らず能く内亂の爲めに〓覆の患を免れて今日ある所以のものは畢竟其人民が外患の爲めに乗ぜらるゝ事を恐れ相結んで政府を維持するが爲めならんのみ墺國は即ち此事〓を利用し其〓心を得んとするものにして墺帝フランシスジヨセフ陛下は自ら半嶋諸國獨立の保護者を以て任じたるものゝの如し去る六月中帝は同國の國會議員を延見したる後ルーマニヤの事に關して此趣旨を演説し又帝の總理大臣カルノキー伯も其次日この旨を〓〓してセルヴイヤの如き小國さえも其獨立の〓神は甚だ堅固なればこの一〓神は以て露兵百萬の蹂躙を防ぐにも足る可しと〓べたり又帝の演説中バルガリヤに向て非常の好意を表しフエルジナンド公の地位を固む可き旨を説き希〓に對しても亦同樣の意を表したり聞く所に據ればカルノキー伯は更に之に附言して苟も墺國にして斯くあらん内は諸國の獨立も必ず確なる可き將た諸國の中にて假令へ内亂等の騷動あるも其事にして國の獨立に妨げなき限りは墺國は〓して之に干渉することを爲さざる可しと演べたるよし但し半嶋諸國は墺國のに比して強弱同日の談にあらざることを信ずるが故に斯る言辭の奨励は以て露國の前約を輕重するに足るや否や疑わしき事なれども兎に角に墺帝及び其宰相の演説は若しも露國が暴力を以て半嶋諸國に加える日には力を以て之を保護す可しとの諸約を意味するものなりと云わざるを得ず然りと雖も目下露國に於ても斯る亂暴の企あらざることは其御用新聞が墺帝の演説を評したる語氣に徴するも明白なる處なれば諸國の危難は却て舊〓の内にありて而も甚だ危險なる性質あるものゝ如し若しも彼のセルヴイヤの祭日に當り其熱〓を挑發するものあるときは同國人は直に蜂〓して今の弱王を國都より放〓し更に露國に因〓ある公子を〓えて之を立て以て其舊版圖を回復する計に躊躇せざる可し此塲合に臨みて墺國は如何にす可きや墺帝も〓に斯る明白の宣言をなしたる上は何の面目ありてかオメオメバルカン半嶋が自ら露國の從属に歸するを座視する事を得べけんや如何となれば此事たる獨り墺帝の恥辱となるのみならず半嶋諸國の人民をして墺國は到底露國に抗すること能わざるものなりとの觀念を〓さしむるものなればなり左れば目下東歐の諸國にて何れも恐怖の〓を催おし其政府をして頻りに兵備を爲さしむるものは是等の危難の到底免がる可からざるを知るが故ならんのみ