「水害を論じて山林に及ぶ」
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時事新報に掲載された「水害を論じて山林に及ぶ」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
水害を論じて山林に及ぶ
福岡縣下を始として和歌山奈良兩縣下水害の惨〓は日々紙上に記する〓りの有樣にして實に酸鼻に堪えざる程の次第なり此の不慮の天災に生命を失いたる人々の不幸は今更申す〓もなく幸に生き殘りたる者とても親に別れ子に離れ夫妻相失いたる其上に家屋田畑さえも流失して一身頼るに處なく空しく饑餓に〓んで他の救助に依頼するものは其幾十萬人なるを知る可からず〓年來は全國處々に水害の沙汰多くして其損害惨〓は年を〓いて次第に甚だしきを加える勢なれば今その害の由て來る所の原因を究めて之を豫防し若くは之を〓少する術を講ずるは目下の急務なる可し盖し〓來の害報を聞くに堤防の漬〓より來るもの多きが故に世人は直にその原因を堤防の不完全に歸して説を爲し封建時代には各藩ともに治水の政に怠らず堤防に全力を盡して其修築に從事したるが故に漬決の患なかりしかども今日に至りては堤防修築の工事も地方税の支辧となり又所によりては地方議會の議員中に山黨川黨などの黨派分裂して互に治水費の〓〓を爭うなどの事〓もあり〓々以て徃時の如く十分なる能わざるより僅かの出水にても忽ち漬〓を來し扨は〓時の如き惨〓を呈する次第なりと云うものあり自から一理あるが如くなれども今昔の別をなし徃時の堤防は堅牢なりしが故に其害少なく〓時の堤防は然らざるが故に害多しと云うに至ては事實を誤りたる者と云わざるを得ず世人の知る如く我國の地勢は恰も馬背の如く〓立して傾斜の度甚だしきが故に何れの川流も水勢急にして水源甚だ〓く夏秋の暴雨に〓うときは忽ち出水氾濫を致すこと其常なれば堤防の設は最も嚴にせざる可からず故を以て修築の事は徃時より深く注意したる處なれ共當時封建割據隣國互に利害を殊にし川の一方に濱する國に於て五尺の堤防を築くときは他の一方に於ては更に一尺を高くして六尺となし厚さは之に倍する杯互に競爭する風なれば之が爲め却て河流の自然を妨げ水勢を激せしめたる塲所もなきにあらず然るに癈藩以來は天下の事〓な一に歸して隣藩互に禍を嫁する弊もなく有名なる大河の工事は中央政府の直轄に属し河岸の防禦河身の改修等常に怠ることなく或は府縣管轄のものとても其〓意は昔年に異ならず假りに堅牢念入りの一役は或は時として封建時代に一歩を讓るものありとするも平常治水の方法と臨時處置の活〓なるとは舊時に優るあるも劣ることなく之を要するに全國の水政は次第に〓歩するものと云わざるを得ず然るに實際に於て〓年害の荐りなるは其罪堤防にあらずして他に原因なきを得ず或人の説に此原因は山林の濫伐に在りと云う我輩も此説に同意を表する者なり抑も山林の氣候雨量等に大關係ある學理上の説は暫く之を措き其濫伐の結果として著るしき事例は諸川の河床を高めたると出水の時間を〓めたるとの二現象なりとす〓來諸川の河床の高まりたるは世人の皆な經驗する所にして現に淀川筋の八幡邊などにては徃時は其堤防の外より眺むるに僅に川筋を〓行する舟の帆柱のみを認めたるものが維新の後水源處々の山林を切拂いたるより河底次第に高まりて棹す船頭の頭部までを見るに至りしが其後官廰の〓意にて再び樹木を植付け兼て砂防の工事に着手してより此頃は船頭の頭部だけは堤の蔭に没するに至りたりと云う盖し水源及び沿岸の樹木を採伐するときは其樹根に依て支えられたる土砂は雨の度ごとに水と共に河中に流れ〓み次第に河床の高きを致すものにて河床高まるときは其水を容るゝ容積〓て〓少し水量少しく〓せば忽ち堤を〓え又は之を破るに至る即ち水害の多き所以なり又山林の濫伐より出水の時間を〓めたるも疑う可からざる事實にして岐阜縣下の大垣邊は從來降雨の後二十幾時間を經て始めて揖斐川の出水を見る例なりしが會て水源の官林を切拂いたるより十幾時間にして出水することとなり又その後再び沿岸の民林を採伐せしに更に又幾時間を〓めたりと云う盖し山林繁茂するときは雨水は先ず其枝葉を濡し次第に樹幹を傳わり又は風に吹落されて地上に滴下し夫より地下に浸入し更に〓出して河の水源を爲すに至るまでには幾多の時間を費すことなれども河源の〓山に樹木なきときは雨水は直に地中に入りたるまゝ忽ち流出するが故に其時間極めて短し若しも其時間に前後二倍の相〓ありとするときは雨水の量は前後同樣にても後の出水の量は恰も前に二倍する割合にして昨年來岐阜縣下の水害は重もに此原因より來りたるものなりと云う以上の所説果して事實に〓うことなく又一方に於ては世人の知る如く維新以來國中到る處に官私の山林を切拂いたる實ありとすれば我國〓來の水害は其原因、重もに山林の濫伐に在りと云わざるを得ず左れば今日水害の事を論ぜんとすれば更に〓んで山林の事に及ばざる可からず而して山林の事たる獨り水害の一事のみならず一國公私の經濟上に大關係あるものなれば世の經世家は今の時に及んで宜しく其方法を講究す可きものなり（未完）