「水害を論じて山林に及ぶ」

last updated: 2019-11-24

このページについて

時事新報に掲載された「水害を論じて山林に及ぶ」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

山林の水害に關係あることは既に前號に其大概を述べたれども今又進んで之を論ずれば山

林は一國公私の經濟上に大關係あるものにして其事决して輕視す可らず西洋諸國にては國

土保安の爲めとて山林保護の事に就き政府の注意は一方ならずして官有山林の取締は勿論

私有の山林に至るまでも巖重の條例ありて濫りに之を採伐することを許さゞるもの多しと

云ふ盖し西洋諸國の政府にては山林を以て國家の必要物となし一國の經濟上より之を保護

することにして例へば其用の大なるは船艦鐵道家屋の如きものより日常使用する家什器具

の細に至るまで一として木材を要せざるものなければ常に之を調理して民用に過不及なか

らしめんことを謀り又山林は気候を調へ水源を養ふに缺く可らざるものにして即ち其保護

法の如何に依りては直接には一國公私の經濟に關係し又間接には一國天然の気象に影響す

るものなれば政府は此二大目的よりして之を重んずることなる可し扨我國現在の事は暫く

措きコ川時代に溯て之を見るに當時政府の處置も亦暗に國土保安の爲めに山林を保護した

るの迹あるが如し聞く所に據れば應仁以降元龜天正の兵亂に國中の山林は既に荒蕪に埀ん

としたる其際に當り豐公征韓の事ありて全國の良材を竭し盡く軍艦となしたるが故に日本

國中の森林は殆んど赤裸の姿と爲りしかども當時人文未だ開けず木材の需用も自から今日

の如く盛ならずして人民は左程の不便を感ぜざりしならんなれども天然の物理は欺く可ら

ずして之が爲め戰國の末よりコ川の初めに掛け全國處々に洪水の害は甚だ少なからざりし

と云ふ左れば加藤清正が肥後に封ぜられて入國したる時にも國内山林の荒れたるを見て自

から人夫を指揮し國中一時に苗木を植付しめたるは人の皆な知る所にして今日熊本縣下の

山林又は道側に喬木の鬱然たるものは皆な清正の賜物なりと云ふ又土州の高知なども長曾

我部氏の時征韓の造船用に供する爲め悉く良材を伐り盡してより國中の山林は爲めに一空

するに至りしが後に山内侯が參州より移るに及び種々力を用ひて再び山に緑色を見るに至

りたるものなりと云ふ其他コ川初代の政府は勿論諸藩に至るまで山林の事に注意し其取締

法を巖重になしたるは天下何れも同一轍にして盖し前代濫伐の弊害に懲りて國土保安の爲

め之を保護するの必要を感じたるものならん中世に至り備前の熊澤氏土佐の野中氏等の如

きは實に山林濫伐の治水に大關係あることを唱へたる人物にして畢竟是等の卓識家が前後

輩出したるも當時コ川の政府を始め各藩に於て山林の務を等閑に付せざりし證として見る

可きものなり然るに明治維新以來封建制度の廢止と共に山林の取締も亦往時の如く巖重な

らず古來風景を以て有名なる松嶋の老松樹さへも其生命を保つ能はざる程の次第にして祖

先幾代の苦心と勞力とにより國土保安の爲め長育したる鬱林も遂に斧斤の侵入を免かれざ

りしこそ遺憾なれ盖し維新以來濫伐の原因は士族授産の爲めに官林を拂下げたると〓〓〓

の山林を取上げたると諸般の事業開けたる爲め〓〓〓の〓用を揩オたると凡そ此邊の新事

情よりしたるものなりとは世間普通の所見なれども或人の説に此事情の外に政府が租税の

米納を金納に改めたるも原因の一にして此新法を以て民間の經濟に及ぼしたる影響は實に

容易ならず其次第は金納の行はれたる頃より米價は常に高からずして百姓は現金を得るに

苦しみ納税差支の爲め止むを得ず祖先傳來の山林に手を入れて之を切拂ひ又は他に賣却し

たるものも甚だ少なからず即ち山林の濫伐を致したる一原因なりと云ふ其言の然るや否や

は知らざれども兎に角に維新以來の濫伐は明白なる事實にして近年水害の頻々たるも必ず

之に原因することならんなれば今日よりして早く其方法を〓るは國家の急要なる可し政府

に於ても茲に見る所ありしならん山林局を置き全國の官林を分て林區となし官吏を派遣し

て之を管理せしめ近來は其管理法も次第に整頓して以前の如き濫伐は漸く減少したる由な

れども凡そ樹木の成長は幾多の年月を要する者にして維新以來濫伐の結果が今日に至りて

始めて其端を顯すと同く今日より着手したる其結果も亦幾年の後にあらざれば効を見る可

らざるの數なれば當局者に於ても豫め此邊の覺悟を以て百年の長計に着眼すること肝要な

る可し然るに今の官林の管理法は頗る整頓するにも拘らず聊か不審の廉なきにあらずと云

ふ其次第は彼の全國の林區なるものは何れも獨立の經濟をなすものにて吏員の俸給より監

督の費用に至るまで其山林の収入より支辨するの仕組なるが故に各區ともに事業を擴張す

るが爲めに其収入の偏に多からん事を希ふの情なきにあらずして現に山林局に於て純粹に

林産生殖の爲めに費す所の金額は一年僅に一萬圓餘に過ぎざるに反して其収入は年々六十

萬圓の多額に達すと云ふ而して其所謂収入なるものは山林の伐木若しくは拂下より生じた

るものに外ならざる可ければ之を稱して其法の宜しきを得たるものと云ふ可らず聞く所に

依れば西洋諸國の政府中にても元來山林を以て大藏省の所轄となしたるおのもありしかど

も唯目前の収入を多くせんとの計畫より動もすれば永遠の計を忘るゝの傾きなきにあらざ

るよりして近代に至りて其所轄を脱する事になしたりと云ふ左れば我山林の管理法も此邊

に鑑み啻収入の多きを利して國家の長計を等閑に付せしめざるやうの工夫もなかる可らず

顧ふに近年來我國に於ても船艦の製造鐵道の布設其他百般の工藝製作の業開けてより木材

の需用は日に揩キことあるも决して減ずることある可らず或る經濟學者は今の西洋文明國

にて各人日常の生活に供する物料を百と假定し其六十三は木材より來るものなりとの計算

を爲したる由なるが今の日本人は船車家屋家什を始め日々使用消費する薪炭下駄の類に至

るまで一切木材を用ふることなれば其割合は殆んど百中の九十以上にも及ぶことならん然

るに前にも云へる如く樹木は短日月にして用を爲す可きものに非ず若しも今日より其方法

を講じて濫伐の弊を防ぐにあらずんば數年の〓に至り或は今の水害の如く更に其結果を一

國の經済上に及ぼすことなしとも云い難し經世家は豫め茲に思慮する所ありて國家永遠の

計の爲めに大に山林の處置を研究せざる可らず其管理法及び經濟の事に至りては聊か鄙見

なきにあらざれば他日これを論ずる事ある可し               (完)