「工業社會の名譽」
このページについて
時事新報に掲載された「工業社會の名譽」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
工業社會の名譽
〓年日本にて工業新會社の發生したるは續々として雨後の筍の如く多き其中には〓の大に曲りたる者若くは虫喰等を生ずるは亦是非もなき次第なれども我輩は商工立國の主義に據り我が新工業の成長を望んで餘念なきものなれば今後日本の工業社會に如何にもして一種の名譽を養い此名譽の香氣に由りて其社會の腐〓を防ぎ以て中〓〓折の禍を免れしめんこと偏に希望に堪えざるなり盖し或る新會社の發起人中には投機の嗜みある者多く製紙、紡績、水産、土木、起業の目的は樣々なるも初めより其目的を〓することを期せず一時世間の評判を得て株券大に騰貴すれば跡は野となれ山となれ三十六計〓ぐるに若かず會社を發起したる當人が一番先きに株券を賣りて〓ならぬ勇〓高〓を爲すなどの塲合もあるが故に其株券を買いたる者は野狐に魅せられたると一般會社は化物屋敷と變化して社中〓んじて業を執るものとてはなく或は全く破滅するか或は萎〓振わずして破滅の〓上に徃來するか哀れ果敢なき〓命に罹りて〓を噬むものも世上徃々其例に乏しからずと云う併し此等は例外の例として世間に最も普〓なるは會社發起の資本主が工業の性質を知らざる事なり抑も彼の資本主なるものは金利の釣合、謀主の誘税、種々樣々の事〓に因りて工業に出金したる者なれば會社の組織監督等事細かなる部分に渉りて萬端不知案内なるは固より怪しむに足らざれども工業大體の要件に於ても手落ち心得〓い多くして製〓所を〓方の地に置きては何に附けても不安心なりとて先ず之を手〓に引き寄せ或は都會の眞中に強て之を設置して扨て營業に取り掛れば人夫手間賃割合に高く〓所に原料を得がたきが爲めわざわざ〓方より取り寄せて嵩張りたる未製品に〓賃を拂い水力等を用いるには萬端不便勝ちにして薪炭一切の費用も多く工業の目的は殊勝なるも製〓地を撰ぶ識なくして結局費用〓れと爲るものあり或は技師の不足に因りて新工學者を雇い入れ〓頃學校を卒業したばかり曾て實業に當らざる者を其儘器械買入として〓々洋行さするもあり夫れも何とやら不安心なりとて株主中より人撰して二三名の監督役を出だし一組の器械購求に三四人の同勢を派〓するものあり然るに其監督役が打ち揃いて洋語を解せざるが爲めに工學者は器械製造元と談じて監督役の面前に内々賄賂を貪りたるもあり奇談百出之を傍聽傍觀して毎度氣の毒なる程の次第にして今日の儘に〓ぎ去りたらば工業會社は腐蝕して殆んど手を附くる所なく實着一方の資本主は工業頼むに足らずとて堅く其金庫を封じ世に頼母しき事業〓も爲めに其發〓を害することならん即ち我が工業上の厄〓にして如何にして此厄〓を救う可きか目下の一難問なれども我輩は唯今後工業の技師諸氏が當局事業の成敗に任じ其榮辱を一身に負いて工業社會全體の氣風を振起する一方あるのみと信ずる者なり抑も彼の投機を嗜んで初めより工業に志なきものは論ずるに足らず工業に資本は投じたれども本來その事業の性質を知らざるものも亦深く責むるに足らず唯技師として新會社に雇われ事業萬端委任を受けて指揮監督の役に當るものは身士族に非ざれば則ち士族流の〓〓を具え少小文を讀み理を講じ實學實業を以て身を立てんとする人々なれば國事共に語るべく名譽共に重んずべし今後工業の發〓に就き其榮辱に任ずるものは正しく此人々なる可き筈なるに多き技師諸氏の其中には器械買入れの爲め洋行して内々其製〓元に掛け合い原價幾朱の口錢を取り器械〓轉實地工作、會社の爲めに身を勞して之を練習する深切もなく買い入れたる器械を其儘會社に引き渡せば用事も終り責任も盡きたりと覺悟して〓後の成行に頓着せざるものなきに非ずとは餘り殘酷なりと云う可し凡そ西洋諸國にては工業會社の發起人が自から其業の經驗を有して其大體を監督し得るに加えて技師中重も立ちたる人々は或は株主の一人となり會社と利害を共にして眞實盡力するは勿論、事業の性質如何に因りては工業社會一般に對して毀譽榮辱の責に當り事成りて名譽の〓しきとともに事敗るれば不面目にして自から奮勵せざるを得ず即ち工業の振起してますます隆盛なる所以にして工業發起の人々が萬端無經驗なる國柄にして技師が名譽を重んじて其責任を負擔する念ますます深からざる可からざるに事實前陳の如くなるは日本工業の爲めに謀りて窃に痛惜に堪えざるなり然りと雖も此事たる獨り技師諸氏の罪のみに非ず今日西洋の諸會社にて社長と爲り監督者と爲り多年功勞ある者あらば株主一同協議の上或は其人の肖像を作りて寄贈するものもあり或は金銀器皿を製して〓念〓物と爲すものもあり或は金圓或は株券其種類は一ならざれども世間衆目の前に於て厚く其禮意を表して多年の功勞を謝するを例とし我輩の毎度見聞きせし所なれども日本諸會社の人々は果して此邊の用意ありや技師の横着不注意を叱して之を使役する能わざると同時に勤勉以て事に當り事業の大に捗取りて功績顕然たる時に於て思い切りたる褒賞を與え斯くてこそ骨折り甲斐もありたれとて大に當人を滿足せしめ且つ他人を獎勵する程の度量なきものゝ如し畢竟士人を〓する道を知らざるものにして技師等も彼等の度量を究めて後來の榮譽報酬を待たず先ず其心事を卑くして見苦しき體裁を呈することならん誠に淺間しき事共にして斯くて我が工業を振興し〓て外國品と競爭して自由市塲に横行せんなどとは思いも寄らざる次第なるが故に今後は諸會社の株主も技師の功勞名譽に對して禮意を表する慣行を養い技師も工業の重きに任じて今日厄〓の最中に日本の工業を救い出し之を後世子孫に傳えて明治の工業歴史上に赫々の名を垂れんこと我輩の一念國の爲めに希望して已まざる所なり