「鑛業投機の成行」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「鑛業投機の成行」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

鑛業投機の成行

  此一篇は近着の英國刊行倫敦經濟雜誌より抄譯したるものなり

   鑛業投機の成行

本年年初の三箇月間〓式社會の一大異相たりし鑛山株投機の勢も近來非常に衰頽の色を現はしたり是より先き本年一月より四月までの間は彼の銅買占の熱度恰も頂上に達したる時にして隨て南亞非利加なるウヰツトオータースランド金山株の賣買に狂熱を催ほし價は蹴一蹴して非常の極點に騰りたるに付き會社創立者は其勢に乘じ一時に莫大の資本を募りて四方の鑛業に注込むの有樣なりしが折しも銅買占失敗の一件より事體全く一變し銅山株券下落の風潮は大陸及び此國に於ける當業者を促して一般に所有の鑛山株を賣却するに至らしめその餘勢遂にキンバーレー及びケープ タウン に於ける南亞非利加金山の株券に及び就中ウヰツトオータースランド地方の中心たるジヨハンネスブルグ金山の株の如きは同地方の各銀行が相結んで投機者に對する貸出に檢束を加へたるが爲め殊に一層の下落を現はしたり盖し銅山及び金山株の膨張甚だしき最中には他の緒鑛業の株は別に影響を被ふる事なかりしかども一度下落の端を開くや其勢次第に波及して二三の塲合の外、投機商賣は全く廢滅同樣の姿に立至り南亞金山の株券中間間好景氣を現はすものなきにあらざれども平均の價格は三四月前に較ぶれば非常の低下にして毎年この季節には常に活溌の有樣を呈する鑛業の株券も本年に限り全くの取引なく或は窃に景氣回復の望を抱て持怺へつつありし者も秋季の間は毎年取引皆無となるの例なれば今より數月の間は最早見込なしとて茲に全く其望を絶ち前途遼遠なる回復の機を待て株券と共倒れせんよりは寧ろ損亡を犯して賣放さんとするの氣勢を生じたれば斯る塲合の常として仲買人は取引の直段を痛く引下げたり讀者もし此變幻錯綜したる事情の結果を知らんと欲せば過往三箇月間に於ける鑛山當業者の状態如何を見て之を知る可し彼の會社創立者の輩は常に時機を察するに敏捷なるが故に今日の如く鑛業株の景氣甚た宜しからざる時に際し更に新事業を企つるの愚計たるを悟りて今は全く其手を引き投機社會の風潮の再び順正に復す可きの期を待ち居れり

回顧すれば一昨年中に創立したる會社は八十九にして株金總額一千六百萬三千磅(一磅は金貨五圓)の募集あり又昨年中に百一個の新會社起り株金總額一千四百二十七萬二千磅に達せしが本年年初の四箇月間に於ては既に三月の末までに新會社五十三の設立ありて其金額は總計七百五十八萬四千磅の多きを見るに至りたれば此の割合ならば必ず前年度に超過する事ならんと思はれたるに其後今日までの處にては會社の數は六十三に増し株金の額は八百八十九萬四千磅に達したるに過ぎず而して此秋季後にあらざれば景氣回復の望あらざるが故に本年の計數は迚も前年度に比較す可らざる見込なりと云ふ盖し本年發起したる新會社の大半は何れも南亞の金山を目的としたるものにて其重なる塲所はウヰツトオーターランド及びスワゼーランド地方に在り此地方にては土地の人人の發起したる一二の小會社が非常の利を占めたりとの事よりして大に世人をして僅か夢の〓なる千金一攫の慾念を生ぜしめたるなり第二の目的は印度及び其他の殖民地なれども會社の數は僅僅にして前者と比較す可くもあらず又其次は海峽殖民地、北米合衆國、亞非利加なる葡萄牙殖民地、コロンビヤ共和國、ボンドーランド、ホンドラス及び其他の諸國なりとす而して右各地の區別は本年の上半期間に其定■(「疑」の左側+「欠」)を世間に廣告したる會社の數及び其資本額を示したる左の表に就て見る可し

  位地    會社の數    資本額

                      磅

 南亞非利加   三二   四、二五五、〇〇〇

 印度及殖民地   五     九七〇、〇〇〇

 海峽殖民地    四     六七〇、〇〇〇

 合衆國      五     六一〇、〇〇〇

 其他諸國    一七   二、三八九、〇〇〇

 合計      六三   八、八九四、〇〇〇

是他猶ほ五六の鐵鑛會社あれども是等は何れも舊會社の組織替をなしたるものに過ぎず精密なる統計を得るの便に乏しきが故に以上の計數は甚だ確かなりと斷言する能はざれども此上半期間に創立されたる新會社の株金額は殆んど一千磅にして其百分の七十五だけは拂込をなしたるものなりと云ふて敢て大差なかる可し今二三の會社に就て之を例するに總株金の四分の三は器械家屋等の如き財産買入の爲め正金或は株券を以て拂込み總額の百分の二十五を營業費として剩し置く事なり然るに今日の慣行に於ては會社の豫算上その營業費を非常に少なく見積り置きて創立の際に成る可く多額の拂込をなさしめ營業の後に至り支出の道に差支ふるときは投機の慣手段として忽ち會社の組織替に着手し而かも之を再三するを以て常とせり其二三のものを指名すればエムマ、フラグスタツフ、エバルハツジ、及びラ フラタなど云ふ如き會社は創立以來一片の利益配當をもなさざるのみか損失に損失を重ぬると雖も其名稱は依然として消滅することなし現に倫敦株式取引所に於て其株券の賣買ある鑛業會社の數は數百に下らざれども昨年中利益の配當をなしたるは僅僅四十に過ぎず今其著るしきものを擧ればクインスランドの鑛業會社は其數二十八ありて株金額は總計五百萬に達すれども配當をなすものは七個、印度の會社は四十餘にして金額は四百五十萬なるが配當をなすものは從來纔に二個のみ而して英米鑛業會社の如きも株主に對し多少の配當をなすものは五指を屈するに過ぎずと云ふ以上所述の事情より見れば近年來鑛山株投機の非常に流行するは頗る怪しむ可きが如くなれども其原因は取も直さず殖産興業の進歩より富の大に増加したるが爲めなりと云はざるを得ず然り而して鑛業なるものは元來富籤同樣のものにして而も其籤數は非常に多く當り數は至て少なきの理由も以上の所述に依て明白ならんのみ