「擬國會討議會」
このページについて
時事新報に掲載された「擬國會討議會」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
擬國會討議會
來年の第一國會には如何なる議員が出席す可きや兼ねて書生より出身して演説討論の技に長じ雄辯家として評判を得たるものもあらん或は財産名望を以て推されて議員の撰に當り意見も相應に立ち辯舌も相應に巧なれども本來公席演説を試みたることなく議事の細法、發言の體裁、彼れ是れ不案内の箇條多くして不慣れの國會に不慣れの議員、毎度奇談を演出す可きもあらん左まで怪しむに足らざれども其不慣れなるを以て進退或は度を失ひ敗を議塲に取るやうの始末ありては當人の迷惑、同派の不利、隨て國會の不面目にして苟も國會議員たらんとする者は豫め其邊の不都合なきよう用意の上にも用意して議會に自説を述ぶるにも坐作應對都て體裁よく政事家は政事家らしく運動するの覺悟こそ專要ならん西洋諸國の政事家は少小辯論を練磨して幾度となく公席の演説を試み國會も祖先傳來の物にして其議事體裁等の如き普通世間に知れ渡りて議員が進退語默する其呼吸の工合に至るまで目に視、耳に聞き心を以て心に傳へて人能く之を合點することなれども然れども彼の政事家が議會に言論するの前後には用心至て手厚くして終日その所言を練磨する者さへあり傳へ聞く故英國大宰相ビーコンスフヰールド伯は議論風生滿座を罵倒するの氣ありと雖も其國會議塲に於て國家問題を論ぜんとするに當りてや連日腹稿を案じて止まず夫人と馬車に合乘して議院に赴く途中にも始終之を思ひ續けて其時に限り夫人と一言をも交へざる程なりしかば一日夫人は伯が國會に出席せんとするの際、窓戸に指を傷けて劇痛堪へ難き程なりしかども之を伯に告げて其論案の工風を妨げんことを恐れ伯の議塲より退出する迄所痛を色に顯はさざりしと云ふ又昨年末の事なり英國下院に愛蘭自治案の大討議ありてグラツトストーン氏は凡そ三時間餘の長演説を爲したりしが當日氏の議塲に赴かんとする前、居館ハーデン城より令息急病の電報を得たり然るにグラツトストーン氏の夫人は其電報を受取りて默して氏を議塲に送り氏の演説を終るを待ちて徐に其實を告げたりと云ふ右は英國二賢夫人の佳話なれども夫人の用意如何を見て乃公用意の一端を知るべく生れながらにして國會を仰ぎ、長ずるに及んで國會に入り幾十年間經驗を積んで國會議塲を自家と爲し之を視ること書齋の如く又座敷の如くにして談論滔々傍若無人の外觀あれども實際國家の問題を講じて其是非討論の局に當れば小心翼翼前以て用心すること斯くの如し此割合を以て云ふときは我國會の議員の如き本來無經驗の事なるが故に幾重にも其用心を重ねて自身の功名、自黨の名譽、結局國會の面目を全うするの覺悟專一にして今より凖備演習す可きものは種種樣樣ならんと雖ども我輩は其方法の一箇條として擬國會討議會を勸めんと欲するものなり抑も擬國會討議會と申すはParliamentary Debating Societyと稱して最も英國に行はれ開會は眞の國會と大抵同時期にして歳の十一二月頃より翌年の三四月頃に掛け凡そ五箇月間を一期と爲し一都會一地方の代言人、市會議員、新聞記者若くは諸商館の壯年書記等未來のM.P.(國會議員を云ふ)を期する者が五百名乃至千名ばかりも恊同して爰に右討議會を作り會費は一期間若干と定めて入會の時に之を集め斯くて相應の會塲を借りて一週間凡そ一回の討議を開くの手順にして會塲の體裁議事規則等總べて眞の國會を寫して議院は夫れ夫れ撰擧區を定め在朝在野兩黨の領袖は前面の席に相對して先達は自黨の掛引を指圖し討議に先ちて質問を試み或は新議題を以て我れより進んで戰を挑み或は議論の結末に全議員の投票に由りて内閣の信認を試むるが如き一一國會法に因りて時時流行の問題を討議しグラツトストーンを氣取る者あればチャーチル、チヤムバレーンを扮するものもあり傍聽男女は客棚に滿ちて各新聞紙は之を筆記し其論勢の向ふ所、實際人心を支配して其土地出身の國會議員は暗に其支配を受くるなどの趣もあり習慣の久しき之れに伴ふ細事情は種種樣樣ならんと雖ども今暫く之を擱き此討議會の方便に因りて少壯國政に注意する者に國會作用の妙を知らしめ將た此小國會の議論に因りて土地の政治思想を養ひ他日此會衆中より撰まれて代議士となるものあれば俗に云ふ議事慣れたるの姿にて萬端都合よく其責任を盡すことを得べし今彼の英國の如き代議政治の本山と仰がれ先祖代代の熟練に因りて巧に國會を運用する國柄なれども國民一般に其事を重んじ未來の國會議員たらんとする者が演習修練の功を積むこと此の如くなるに然るに我新國會の議員たり候補者たらんとする人人が今日只今第一國會開期の切迫するを視て漠然として此邊の用意なきが如きは國會を重んずる者の所爲と云ふ可らず我輩は毎度我が國會の大成を期するの精神に於て官民政治に志ある者が今より彼の擬國會討議會の方案を導き第一國會開塲前に其作用を演習して反覆鄭重事に當らんことを勸告するものなり