「英國學風」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「英國學風」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

英國學風

米國は新建國にして人人商工殖産に忙はしきが故に學問一切新奇實用、學び得て孰れも有益なれども多くは日常淺薄にして奧ゆかしき品格を具へざるものの如し獨逸は學問深奧にして學者は創造力に富み教育の仕組も行き屆きて此一點は完全なれども元來尚武の國にして武事の名譽を欠かざれば酒を飮み色に耽り俗に所謂不品行を働くも世間之を問はざるの風あるが故に堅忍不屈の獨逸人は溺れて又自から浮むの勇あらんかなれども無特操なる他國の書生は其品行の磊落のみを習ひ得て或は身を誤るの恐れなきに非ず佛國は繪畫彫刻を始め美術一切の道に達して兼ねて萬般の學事に長じ字書類典等各種の書籍は細大悉く完備して事物を調査する等に便利なれども社會交際の派出やかにして繁華に■(だい+「汚」の右側)る國柄なれば周圍の聲色學生を蠹して其窮學の腰を折らしむるなどの趣もあり英國は本來保舊主義にして學問も餘り新らしきを競はず羅甸、希臘の古典を始め古風の科目も多くして教育上の工風に富まざれども社會の風儀は嚴正にして書生の行状を■(てへん+「檢」の右側)束し學校講堂の間に於ても尚ほ奧ゆかしき氣風あるものの如し歐米各國の學風は各各短長あるが故に學に志す人人は撰んで其長を學ぶの外なかる可しと雖どもはるばる子弟を海外に送りて學問修業を爲さしむる者は豫め其學風の方向を察し又當人の所望に應じて遊學の國柄を撰ばざる可らず今歐米諸國に就き一一その學風を記述するは容易の事に非ざるが故に爰に先づ英國學風の一斑を記して世人の參考に供せんと欲するなり

學生高尚の氣風を養ひ學問活用の世才を長ぜんとするはオクスフヲルド、ケンブリツチ諸大學を始め英國各學校各學院の本色にして學科は餘り深奧ならず我が東京大學などを卒業して英國大學に遊ぶ者は學科の割合に卑近なるが爲め何の苦もなく試驗を終りて毎度案外する程にして英國大學と云へば科目も極めて高尚なる可しと思ひの外、我が日本の大學校にも及ばざるは如何と之を其向きの教授に問へば教授は即ち之れに答へて凡そ我が英國の學校は學問のみを教ゆるの塲所に非ず學問は學校外に出でて生力のあらん限り何時までも研究することを得れども學校内には一種高尚の氣風あり成徳達才社會に出でて人事萬端の務に當らんとする者は時に及んで此氣風の薫陶を受くること肝要にして學生才學の所長に應じ各自專門の學藝を授くると同時に禮儀作法社會交際處世の大要を示し得て一徹なる論客に流れず飄飄たる仙人に失せず純正の行、温順の徳、所謂英國紳士を養成するは我が英國諸學校の眼目にして學科の高下など云へる一端を以て我が學校を輕重するは學問の眞味を解せざるものなり云云とて毎度其學風を説明することありと云ふ如何さま英國大學内の慣行を視察すれば其邊に思ひ當るものも少なからず例へば學校食堂にて時時晩餐會を催ほすことあり食堂は至て壯麗にして上段には教授其他長老の客を延き下段は學生席にして其堂内の四壁を見れば古今同學より出身して學者となり僧侶となり或は又政治家と爲りて其名を天下に轟かし兼ねて學校の榮譽をも加へたるやうの人物即ちオクスフヲルドのクライスト チヤーチ 大學などにて申せばカーヂナル リシヱリウ、ロツク、グラツドストンなど云へる人人の大油〓を■(てへん+「曷」)げ銘銘時時此堂に入りて古今賢豪と相對せば何人にても自然憤勵の氣を生ずるのみならず食堂の會食は先づ其禮儀を正して他日交際社會に入りても聊か不都合なきを期し食前食後の交際談話は自から處世の一端にして人生缺く可らざるの下稽古なるべく一夕の集會知らず識らず學生の氣風を養ひ他年出世の地を爲すこと甚だ多きものの如し盖し此等の學風は大學校内に限るに非らず彼の倫敦法學院(バリストルを養成する塲所なり)の如き學生は時時長老の講義を聽聞する位にして平常定まりたる課業もなく唯三箇年間毎月定例の晩餐會に出席して三箇年目に簡單なる試驗を通過すれば直にバリストルたることを得る筈にして學問の方より云ふときはバリストルなりとて左まで價直あるに非ざれども其價直とも申す可きは三箇年間晩餐を喫するの一事に在るなり多くの先輩代言人諸氏と卓を同うして談ずれば代言社會の情實も知れ訴訟實地の取扱振りも分りて學問上は兎も角も代言業務の智識を得るには學校講堂にて教授するよりも定時晩餐會にて雜談する方却て捷徑なりとの意味もある可し學校も學院も食事を重んじ何に附けても食ひ意地の強きは是れぞ世に英國人の食ひ倒れと稱する所以ならんかなれども食事中にも亦自ら無限の意味あり恰も之を媒介として學生諸氏に世態人情を知らしむるの便利を與へ學業成りて人事に通ぜず畢生迂儒たるの譏を免かれしめんとするは英國長老の用心にして英國紳士が到る處に行儀を正して品位の何となく奧ゆかしきは盖し學校内の氣風より來りたるものなるべく學校は學者を造るに非ず英國紳士を造るなり云云の一義は英國教育家の夙に注意する所にして我輩は毎度此一義を賛成すると同時に實地之を履行せんと敢て自から期望する所のものなり          (以下次號)