「鐵道業に對する政府の機宜」
このページについて
時事新報に掲載された「鐵道業に對する政府の機宜」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
鐵道業に對する政府の機宜
兼て本紙上に報道せし如く全國各鐵道會社員は過般來東京に會合して鐵道用地課税の事及び土地收用法の事を評議し昨今其評議も終りて政府に請願する所ありと云ふ而して其請願主旨の要領に就ては一昨日の時事新報雜報欄内に記載する所ありたれば讀者は定めて其得失を判斷し得て分明なることなる可し凡そ文明諸國にては其鐵道の官私設を問はず概して之を國道と見做し線路の延長するに隨つて鐵道即ち國道たるの實はますます分明なる次第にして我國にても彼の官設鐵道用地の如き道路と地種を同うして一切の租税を免ずるの法則にして此點に於ては官私聊かも區別ある可らざる筈なるに然るに近來政府にては私設鐵道の用地に就き地方税徴收の手續を踏まんとして既に其端を開きたる向きもありと云ふ即ち全國鐵道會社員が今度東京に會合して其鐵道用地に對し諸税免除の議を呈する所以にして名正しく事順に政府も直に此議を納れて鐵道の官設と私設とを以て其間に厚薄を生ずるが如き偏法は速に之れを去ることならん誠に簡單明白なる事柄なれども第二土地收用法の一義に就きては今日社會の事情に於て法理一偏に論ず可らざるものあるが如し盖し政府は人民の威望を重んじ商工殖産一切の事成る可く其干渉の手を封じて人民自由の働きに任ずること肝要にして入らざる世話の煩はしきは以ての外の事なりとは我輩の毎度勸告する所にして彼の土地收用法に據れば從來鐵道會社の用地にして其民有に係るものは公用土地買上規則を以て一旦政府へ買上げの上更に各會社へ拂下げたるものを今後は土地所有者及び其關係人と會社自から〓議して直接に之を買受しむるの仕向なるが故に鐵道用地買受に就き政府は干渉の勞を省き之を人民の手に引渡したるものにして恰も彼の無干渉の道に稱ひ外面上一應尤も千萬なるが如くなれども然れども我が鐵道事業たる今尚甚だ幼穉にして近來官私鐵道線路延長の速力は頗る迅疾なりと申しながら全國鐵道を合計して昨今僅に一千英里に達したる位の事なれば國家交通の便利の爲め鐵道の速成を祈望する者は官民彼此の區別なく唯その速成の道を講じて敢て餘念なかる可き筈にして此間各鐵道會社の便利を謀りて成る可く周旋盡力するは即ち政府の機宜なりと云ふ可し我輩今土地收用法に關して鐵道業者の説なりと云ふを聞くに元來鐵道の用地たる延て數縣數國に跨がり各種の土地を貫きて成る可く直線に進むが故に其線路に當る土地所有者並に其關係人は幾千萬を以て算ふべく官廳所藏の土地臺帳等を繰返すに非ざれば其住所姓名を知ること能はざるやうの始末にして此人人を呼び集めて土地收用の恊議を遂げ愈愈之を收用し得るに至るまでには人民相互の間柄に於て實際速辨の見込みなく鐵道事業上無量の手數と時間とを費して其工事の澁滯を見ること必然なれば鐵道用地は是れまでの通り一旦政府へ買上げて更に之を各會社に拂下ぐるやう致したし云云と云ふに在るものの如し如何さま今日の實際に於ては多數人民と相對して何か用事を辨ずるに當り官私其遲速を異にするの趣あるは蔽ふ可らざるの事實にして推して其理由を究むるときは所謂官尊民卑の情大に其間に働くを見るべく例へば土地收用に關して土地所有者及び其關係人を便宜の塲所に招くに當り官用とあれば早速來會、人民相互の間柄とあれば強て之を督促するも時に及んで容易に來會せざるなどの事情もあらん誠に苦苦しき次第にして斯る卑屈なる弊習は行く行く之を〓滅せざる可らずと雖ども官尊民卑習を爲して今日只今鐵道用地を買上ぐるに官の手を以てすれば事務速辨の便利ありとすれば鐵道事業の重きに對して先づ其便利の道に因らざるを得ず左なきだに我が政府は夙に鐵道業を奬勵して之を保護するの注意至らざる所なく或る鐵道會社の爲めには其營業利益を保證して政府自から其安危の責に當りたるものさへあり政府が鐵道の官私を問はず之を奬勵保護するの熱心は實に此くの如くにして而して此熱心は全國僅僅一千英里の鐵道を得たる今日を以て消滅す可しとも思はれざれば前心を以て後意を推し苟も我が鐵道業の便利とあれば政府は敢て其周旋盡力を辭するものに非ずと斷言するも可ならん即ち今我輩は全國鐵道會社員が今度評决請願したる箇條は早晩政府の承認する所となる可しと信ずるが故に鐵道會社員も亦我が政府の盛意を體してますます其事業の發達を謀り國家文明の進歩の爲めに鐵道の一刻も早く一尺も長く竣工せんことを期して之れに答ふるの覺悟なかる可らざるなり