「郵便條例改正の實施」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「郵便條例改正の實施」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

郵便條例改正の實施

我が政府は去る八月七日を以て郵便條例中の一部分を改正し第三種郵便物(毎月一回以上發行する定時印刷物及其附録)の郵税を半■(にすい+「咸」)し第四種郵便物(書籍、帳簿、各種の印刷物、寫眞、書〓、繪圖、罫紙營業品の見本及雛形、農産物種子)の重量八匁毎に郵税金二錢なりしを三十匁毎に二錢に改めて今月今日より改正通りに施行したり此擧たる我が郵便事業上近來の一大美事にして公私兩樣大に其便益を享く可きが故に我輩は敢て當局者の志を賛美し特に其功徳を稱揚せんと欲するなり抑も我が郵便事業たる明治一二年の交の起りたる者にして歐米文明國の郵便法に模したりとは申しながら爾來僅僅二十年の間に今日の進歩を致したるは異常の成蹟と云はざるを得ず隣國支那の政府に於て今尚西洋風の郵便法を採用せざるが如き暫く之を論外として更に比較を歐洲に取るに例へば彼の英國の如き商賣國の常として郵便事業の起原も古く今より五十年前に當り内國書状一通に就き平均七ペンスの郵税を以て自由に之を遞送するの道も開けたりし程なれども爾後鐵道の便利を増し又郵便物の數量を加へ隨て其郵税を■(にすい+「咸」)じて今日の一ペニー郵便法を實施するに至るまでには種種の苦情困難を經歴したる事にして此比例を以て考ふれば我が郵便事業の如き其進歩の迅速なる殆んど意料外に出でたりとも云ふべく畢竟郵政の當局者が始終其改良を謀りて日新倦まざるの致す所にして特に今回の改良の如き名正しく事順に改良中の改良として我が郵政上の紀念に存す可きものならん按ずるに今の遞信次官前嶋氏は明治の初年我が郵政開基の時より專はら其向きの局に當り周密機敏を以て夙に能吏の評を得たる人にして降て明治六七年頃我が新聞業の發芽せんとするに際し時の郵政當局者中に新聞紙は社會の耳目にして國家文明の進歩の爲めには必要欠く可らざるものなれば之を遞送無税として同事業の發達を促さざる可らず云云の説ありて殆ど之を實行せんとするの勢を呈したることあり前嶋氏は其當局者中にて當時重要の位地を占めたる人なるが故に彼の第三種郵便物の郵税を輕■(にすい+「咸」)若くは全廢するは盖し同氏の本懷なるべく即ち今回の改正に於て右郵税を半■(にすい+「咸」)したるは同氏が年來の宿志にして今日に及んで漸く之を遂行するの端を開きたるものにてもあらんか特に遞信大臣後藤伯は磊落にして能く大局に通じ剛邁果斷の聞え高き政事家なれば伯の果斷、前嶋氏の周密、相待て今回の改正を見るに至りたる者なる可し我輩は公私兩樣に對して此改正の潤澤普遍なることを信じて疑はざるものなれども取陋望蜀は自然の人情今此人情の働きに任せて我が郵政の前途を見れば今後改正施設を要す可きものも少なからず既に去年十四日の本紙上にも記載せし如く我が第一種郵便物即ち書状の重量は郵税金二錢に付き僅僅二匁の割合にして人事交通の多端なる今日、輕小窮屈に過ぐるの嫌あるが故に追て其重量を増加するの必要あるべく又近年英國にて大に實効を奏したる彼の小荷物郵便の良制を導くの工風も大切なるべく其他郵便小切手法を改良して英國の ポスタル オルダーと其效用を齊うするの手順を講じ郵便局と電信局との關係を今一層密着して郵便局の在る所には併せて電信局を置き相互に事務を助けて相互に公衆の便利を發達するの道を開く等、改正の手を下す可きもの多多枚擧に暇あらず斯くて我が郵政上改正施設の箇條少なからざるの今日に當り果斷にして大局に明なる後藤伯、周密にして事務に老練なる前嶋氏が相提挈して遞信の要路に立つは我輩の國の爲めに慶賀する所にして二老功の盡力に因り今月今日郵便條例改正の實施を見て大滿足の意を表すると同時に此二老功に屬するに今後相續て着着各種の改正を成就するの望を以てし我輩は我が郵便事業の前途に向て窃に馬頭豆嚢の感なきを得ざるなり