「日本商工家諸氏に告ぐ」
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時事新報に掲載された「日本商工家諸氏に告ぐ」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
日本商工家諸氏に告ぐ(昨日の續)
英米二國商業と政治との關係は彼の佛獨等を始め歐洲大陸の諸國に比して相異なるもの少なからず而して彼の商法會議所の仕組の如き其一端として見る可きものにして今之を對比せんとするに當り爰に其記事の便利を謀りて一方には獨逸を擧げ一方には英國を撰み之を雙方の代表者として其異同を示さんに獨逸の商法會議所は皇帝陛下の勅令に因り嚴格なる會議所條例を奉じて明文通りに組織するものなれども英國商法會議所は商工銘々の社會の為めに斯る會議所の必要を感じ銘々評議相談の上、その社會相應の規約を作りて商工同士に組織したるものにして始めより官臭政味を帶びず純然たる民立の會議所なり左れば其會員の撰擧の如きも商工全體并に之に關係ある人々を網羅し例へば倫敦商法會議所に就て申せば商業社會に名ある人々、或は商社を代表する人々同業組合の代理員、此外エキスオフヒシコ會員と稱して倫敦府知事、府内出身の國會議員、英國銀行總裁、株式取引所頭取等何れも會員に列するの定めにして倫敦、マンチェスター、リヴァプール等の商法會議所中には會員總數二三千人に達するものありと云ふ然るに獨逸の條例にては先づ商法會議所被撰人の資格を定め各地商法會議所の區域を定め政府若くは會議所にて右被撰人の目録を作り十日の間之を各區域内に示して若干の會議所員を撰擧せしめ國会議員の撰擧同樣、政府の嚴命力行を煩はすの趣向なれば商法會議所は商工家の物に非ずして政府直轄の一役所たるの觀なきに非ず扨て又英國風の會議所にては會員銘々持ち寄りて其會費を辨ずるの都合にして商店の資格を以て會員たるものは年に二ギネー(凡そ我が十四圓に當る)一個人は一ギネーの金額を寄進する事なれども獨逸にては各地商法會議所員撰擧人の商賣營業税に比例して商法會議所税を取り立るの制規にして此商法會議所税が商賣營業税の十分一を超過せんとするときは政府の認可を得ざる可らず且つ又商法會議所にては歳計豫算を政府に示し政府の認可を得るときは右の商法會議所税を其地方の租税局に預け歳計豫算の金額限り入用毎に之を引出す等の方法もあり旁々商法會議所に御役所廳を帶ぶるを見る可し其他英國商法會議所の規約と獨逸商法會議所の條例とを比較すれば毎條右等の相違ありて一は獨立商人の結合、一は政府直轄の役塲たるを見る可しと雖ども我輩は今擾々として其相違の條目を數ふるを要せず開冊第一兩商法會議所の主意目的を對比するを以て足れりとす即ち英國會議所の規約を見れば我が商法會議所設立の目的は第一府内國内並に我が殖民地の商業船業製造業並に大英國の外國貿易を伸達する事、第二商業船業製造業に關する統計其他の報告を聚散する事、第三前條の利害に關する立法并に其他の方案を推奨保助し若くは之れに反抗する事、第四商業製造業より起りたる爭論の仲裁を謀る事、凡そ此數箇條に在り云々とありて商工社會は毫も他の裁制を仰がず自から其社會の便利を謀り政治官邊の立法にても我れに不便を生ずるやうの者は遠慮なく之れに反抗して商工社會に政治家の權力を伸ぶるを許さず商工各々その社會を重んじて其位地品格を維持するの趣を見る可しと雖ども獨逸商法會議所條例第一條には商法會議所は其裁制の區域内に於て商工家の全利害を保護推進し特に通牒、建議及び實驗報告の方法を以て商工業奨勵上政府を保佐するの目的を有す云々とありて會費徴収會員撰擧一切萬事政府の手を煩はすが為めに政府は其條例まで作りて無遠慮にも商工社會を侵すのみならず商法會議所を以て政府商務局の一部分と見做すの實あるものゝ如し國の商工家に自治心なくして萬事政府に依頼するの世の中には獨逸の商法會議所こそ商家に縁因遠くして面倒の少なき丈け無造作なれども政治商工學問宗教夫れ夫れ其社會を成して互に他と相對し互に其地位の重きを爭はんとするの國柄にては商法會議所を商工家の共有物と爲し始めより政府の干渉を受けずして純然たる獨立の體を成し以て商業社會の機關に供すること肝要にして斯くてこそ商法會議所の意見も純粹なる商工家が其社會の為めに發表したる丹誠として始めて價を揩キことなれ今我が日本の商工家は内に自から顧みて果して如何の感を為すや商工社會を政治界に隷して他界の人より其方向を左右せらるゝことを好む可きや或は自から商工界を獨立せしめて我れ先づ其社會の品位を高め其權力を養ふことを好まざる可きや彼の商法會議所の如き我が商工界の一事項たるに過ぎざれども英に模せんか獨に擬せんか其決心の如何に因りて後來我が商工家の運命を卜す可きものなるが故に我が商工家諸氏は日本商業社會の為めに千考萬慮謹んで取捨を決するの覺悟肝要ならんのみ (以下次號)