「米國政府の富困」
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本文
米國政府の富困
米國財政の現状は世界無雙の奇觀なりと云う可し他國の所謂財政困難なるものは年年の歳計その不足を告ぐるに在れども之に反して米國の困難は國庫歳歳充盈して其剩餘金の始末に困却するに在り同國新聞の報ずる所に依るに昨年の六月三十日に終る前年度の計算に剩餘金の額は二千三百九十二萬二千磅に下らず本年六月の終に至りては多少の■(にすい+「咸」)少を見しかども猶ほ二千百十六萬六千磅の多額なりしと云ふ今本年度(千八百八十八年より同八十九年に亘る)の歳出入の實際を前年度(千八百八十七年より同八十八年に亘る)に比較對照するに左の如し
歳 入
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| | 1888-9 | |比較増■(にすい+「咸」)|
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| | | | 1887-8 | 1888-9年度| |
| | 實 際 | 豫 算 | | ノ豫算ト | 前年度ト |
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| | 磅 | 磅 | 磅 | 磅 | 磅 |
|海關税…………|45.000.000|43.400.000|43.818.000|+ 1.600.000|+ 1.182.000|
|内國税…………|26.330.000|25.000.000|24.859.000|+ 1.330.000|+ 1.471.000|
|雜收入…………| 6.390.000| 7.000.000| 7.176.000|+ 610.000|- 786.000|
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|總計……………|77.720.000|75.400.000|75.853.000|+ 2.320.000|+ 1.867.000|
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歳 出
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| | 磅 | 磅 | 磅 | 磅 | 磅 |
|諸官廳…………|17.590.000|18.000.000|14.842.000|- 410.000|+ 1.748.000|
|陸軍費…………| 8.860.000| 8.800.000| 7.704.000|+ 60.000|+ 1.156.000|
|海軍費…………| 4.300.000| 4.200.000| 3.385.000|+ 100.000|+ 915.000|
|養老金…………|17.600.000|15.400.000|16.057.000|+ 2.200.000|+ 1.543.000|
|公債利子………| 8.210.000| 8.200.000| 8.943.000|+ 10.000|- 733.000|
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|總計……………|56.560.000|54.600.000|51.931.000|+ 1.960.000|+ 4.629.000|
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|國庫剩餘金……|21.160.000|20.800.000|23.922.000|+ 360.000|- 2.762.000|
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此表に就て見れば本年度の歳入は豫算に超過すること二百三十二萬磅、前年度に超過すること百八十六萬七千磅にして又歳出は實際の豫算より増加すること百九十六萬磅又前年度より増加すること四百六十二萬九千磅なり右の如く政府の歳入は年年非常の増加あるにも拘らず其歳出は二個の原因よりして更に一層の増加を致せり即ち其一は世間普通の例として歳入の増加する割合に歳出も亦多きを加へたると又その一は國中の保護税派が頻りに政費増額の事を謀るが爲めに外ならず如何となれば同派の人人は政費増額の手段に依て年年國庫に充積せる剩餘金を散ずるにあらざれば以て反對黨の海關税輕■(にすい+「咸」)説に抗すること能はざるを恐るればなり抑もこの剩餘金を調理するの最好方便は租税の輕■(にすい+「咸」)と云ふ中にも殊に關税の輕■(にすい+「咸」)に在ること勿論にして既に保護税の恩惠に浴する製造家中にも徃徃この説をなすものなきにあらず盖し米國の製造家は國内に於ては保護税の爲めに利する所少なからざるにあらずと雖も其業の次第に發達すると共に内の需用のみに滿足せず更に外に向て競爭を試みんとするに如何せん保護税の爲めに生産費非常に高まりて國外に於ては到底外品と競爭するの望なきよりして關税輕■(にすい+「咸」)説は實業家中に賛成者も少なからざる模樣なれども國中全般の有樣を察すれば未だ兩三年に其實行を見る可しとも思はれず左れば租税輕■(にすい+「咸」)の策は暫らく思ひ止まる事として扨て第二の手段は國庫の剩餘金はその充積する儘に任せて之を打捨て置くか又は政府が是迄なし來りたる如く之を國債償還の一方に差向るかの二つに一つを取らざる可らざる次第なれども前策の行ふ可らざるは何人も知る所にして例へば今英國の政府が人民より徴收したる二千萬磅の金を英國銀行の國庫内に仕舞込みたりとするときは如何、英國市塲の金融は大に逼迫して全國の商賣は之が爲めに非常の困難を被ふる事ならん然るに米國市塲の流通貨幣は之を英國に比して其額、寡少なるが故に其の取締めたる金額は雙方同一なりとするも商賣上に及ぼす結果は彼是非常の相違あることなれば米國政府たるものは是非とも國庫の剩餘金を市塲に散ずるの方法を講ぜざる可らず而して其方法は他なし今日の處にては唯その金を以て公債を償還するの一法あるに過ぎざるのみ聞く所に據れば昨年公債償還の爲めに支拂ひたる金額は非常のものにして即ち剩餘金の總高は二千百十六萬磅なるに償還したる公債の金高は二千七百八十萬磅の多きに達したり而して其中三百六十萬磅は全く其利子の金高なれども政府にて始末に困難なるは即ち其利付のものあるが爲めにして其中の重なるものは四朱半の利にて千八百九十一年に償還す可きものと四分の利にて千九百七年を期限とするものの二口なれども若しも政府の方にて今日唯今これを償還せんとするには公債市塲に於て時價を以て之を買上るの外ある可らず而して今この二口の現在額は左の如しと云ふ
四朱半利付 千八百九十一年期限 二千七百九十四萬磅
四朱利付 千九百七年期限 一億三千五百二十一萬八千磅
從來政府の方針は專ら四朱半利付の公債を償還するに在りし由なれども今後とも亦然ることならん然り而してこの二千八百萬磅足らずの金額を悉く償却せんとするには其手段更に從前よりも困難ならざるを得ず盖し二千八百萬磅の中、一千六十萬磅は發行紙幣の凖備金として各銀行より政府に預けある分なれども其他は總て貯蓄銀行保險會社等の營業上是非とも公債證書を必要とする者の有にして又は裁判所に取押へらるるもの或は財産保管人の手に歸して賣買す可らざるものも少なからず左れば政府の勝手に左右し得べき分は思ひの外に僅にして好しや各銀行より抵當として預る所の公債をば悉皆償還して爲めに幾分か剩餘金を散ずるも之と同時に銀行紙幣の流通額を■(にすい+「咸」)ぜざるを得ざるが故に市塲の金融上に於ては寸毫の損益あることなし又政府にては時宜に依れば四朱利付の方も償却するの意ならんなれども公債の所有者は政府の申出したる評價にては迚も肯んず可らず彼れ是れ推問答の末遂に談判不調となりて雙方ともに手を引くにも至る可し右の通りの次第にして政府が剩餘金を散ずる爲めに公債を買はんとするには非常の損耗を犯さざるを得ざれば或は其事も中止となりて今秋などは國庫中に金の充積するが爲め市塲の金融は非常の逼迫を來すやも圖る可らずと
云ふ米國財政の始末は何れにしても困難なりと云ふ可し但し其困難は貧困にはあらずして富困と稱す可きもの乎