「本日の大典」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「本日の大典」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

本日の大典

本日は天長節の佳辰を以て立皇太子の大典を擧行せらるる由誠に目出度御事にして日本國中、津津浦浦に至るまで萬歳の聲相和し千里同風萬民同歡なる可し隨て我輩も恐れながら祝意を表し奉らんとして微衷の在る所を述れば此同風同歡の旨を長へにして千萬歳に替るなきを願ふ者なり抑も我帝室は日本國土と其起源を同ふし億兆に君臨し給ふは千歳一日の如しと雖も時に治亂の變ありて皇運意の如くならせられざりし時代もなきに非ず斯る不祥の時に當り四方に忠君の士を生じて專ら王事に勤る者あり後世これを稱して勤王又尊王と云ふ此文字甚だ美にして固より非難す可きにあらざるのみか其勤王家尊王家の一言一行今に至るまで人を泣かしむるもの多しと雖も一歩を進めて皇運の沿革を尋れば勤王尊王の起る時代は天下騷然人人心に悲憤■(りっしんべん+「亢」)慨を催ほして誠に不祥なる時代にこそあれば勤王尊王の文字の世に現はるるは决して目出度次第にあらず言少しく奇なるが如くなれども之を一家族に喩へて云はば多勢なる兄弟中の一人が他に抽んでて殊に孝行の聞えあるときは之を認めて以て家の慶事と爲す可きや否や子弟たるものが父母に對して孝養を盡すは人事の常にして毫も怪しむに足らざる可きに多くの子弟中、一人に限りて殊に孝行の沙汰あるは即ち他の子弟の孝ならざるを示すものにして祝す可きの事相にあらざるなり左れば勤王と云ひ尊王と云ひ事柄は誠に美なれども畢竟其文字の世に現はるるは他に不臣不法のものあるを示すと同樣にして决して聖世の美事にあらず然るに今の太平無事の時代に當り徃徃この文字を口にして却て自ら誇らんとするものあるは寧ろ聖代の徳を傷くるものと云ふ可きのみ扨本日の盛典は天下萬民の均しく萬歳を唱ふる所にして日本國中同風同歡平生の不平不滿も皆な打忘れ誰れ一人として悲憤■(りっしんべん+「亢」)慨の情を催ほすものある可らず我輩は今日より以後此同風同歡の旨を長へにし千歳萬歳替るなきを希望するものなり