「藩閥政府」

last updated: 2019-11-24

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時事新報に掲載された「藩閥政府」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

藩閥政府(一昨日の續)

今の政府部内の兩元素は其結合甚だ親密にして容易に分離す可らず又その關係は夫妻の間柄と同樣にして時に風波の縺れあるも以て反目の兆となす可らざるのみならず却て其情の密なるを見るに足る可しとの次第は前號の所論に依りて讀者の既に了解したる所ならん左れば二十年間政治上の變遷は一ならずして外面に於ては兩元素の勢力に消長を見るが如きことなきにあらずと雖も内部の結合に至りては毫も變更あることなし盖し世間にては長州出身の一人が政府の首座を占むるを見れば其一方の元素が勢力を得たるものとなし之に反して首座のものが薩州出身の人なるときは之を見て以て其一方の元素全盛の兆と認むるものなきにあらざれども斯の如きは未だ事の眞味を解せざる者の見に過ぎず元來この兩元素の結合は一時の偶然にあらず今の政治上の地位を守るの必要より雙方の性質相投合して以て形を成したるものなれば容易に其分離を見る可らず如何となれば結合の分離は自ら其本體を破ると同樣なればなり故に政府の體裁上に於ては伊藤伯が總理大臣たるも黒田伯が之に代るも若しくは又三條公が内閣首相の地位に立つも苟しくも今の政府の地位にして變せざる限りは到底兩元素の分離を見ること能はざるものと知る可し左れば今藩閥以外の人々が政府の中に入りて事を成さんとするは恰も夫婦掛向ひの家に他人が入交りて家事を取扱ふと同樣、雙方の機嫌に遠慮するのみにして何事もなす可らず或は強いて功を見んと欲すれば家内の風波を利して一方に取入るか、甚だしきは反間苦肉の計も用ひざる可らずして青天白日の功名は到底覺束なきのみならず遂には却て自ら失敗を招くにも至る可し今の政府は藩閥以外の人々が入りて事を致すべきの塲所にあらずして世の治安の為めには寧ろ其成行に任するを以て策の得たるものとなす可きのみ抑も昨今政府の息は其方向の一定せざるに在るは疑ふ可らずして若しも少しく重要なる問題の起るあれば都〓の議論は常に一なること能はずして其餘勢動もすれ〓〓〓に及び與論の撞着を致して為めに治安を妨ぐること少なしとせず數年前民間に未だ政黨の分立を見ざる時に當りては政府部内の議論は如何樣に分裂するも其反響を以て世間を動かすことは甚だ稀なりしかども今の政黨分立の世は則ち然らず内の分裂は忽ち外の撞着となり為めに一般の不穩を致すことなれば何は兎もあれ部内の一致こそ今日の急務なりと云はざるを得ず近頃は功臣網羅とて主義持論の如何を問はず維新の當初、事に與りて功績の少なからざる彼の前の二藩の人々をも政府の部内に引入れて事を共にせんとの趣向なりしも元來是等の舊功臣は今の所謂藩閥の人々と久しく其地位を異にして今は却て民間に關係の多き者もなきにあらざればこの異主義異分子の人々と共に一致の策を講ずることは實際に行はる可きや否や知る可らざるのみならず假令へ一時の一致を得るも永久に之を維持して進退を共にすることは到底覺束なかる可し或人の所見に今日の處にては藩閥中の人々とても常に同主義同説のものとのみ見る可らず現に今回の條約改正論の如きは其適例なりとの説あれども是れは局所の觀察たるを免れざる言にして兩元素の結合は一時の風波の為めに決して破る可らず今回の事とても其大體上より察すれば却て其反對の例を發見す可きのみ左れば目下の計は兎に角に部内の一致を目的として去就を定め同者は留り異者は去り以て其方向を一定すること急要にして今の國内の事情に應じて以て世の治安を謀らんとするには此外に策ある可らず顧ふに國會開設の後に至り次第に政治器關の整頓を致して責任内閣の制も實際に全く定まるに至らば政府に向て大に注文する所のものもなきにあらずと雖も今の政府の下に在りて今の治安を謀らんとするには何は兎もあれ部内の方向を一定するこそ急務なる可しと信ずるなり (終)