「自ら任ずる者は亦自ら省る可し」
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時事新報に掲載された「自ら任ずる者は亦自ら省る可し」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
自ら任ずる者は亦自ら省る可し
凡そ事の局に當りて之を仕遂げんとする者は深く信ずる所ありて其事を以て自ら任ずるの
意氣込なかる可らず盖し其事の大にして關係の廣きに從ひ之を仕遂ぐるの困難も亦甚だし
くして千百の故障あるは必然の勢なれば當局者は深く自ら任じて熱心事に當るの覺悟專一
なれども之と同時に亦自ら省みて靜に事の利害を考ふるの餘地なかる可らず如何となれば
局に當る者は自ら迷ふを免れずして騎虎の勢、時に或は意外の地に奔逸するの恐なきにあ
らざればなり就中政治の事に至りては利害の關係種々樣々に入込みて隨て人々その所見を
異にするのみならず自分の自ら信ずる所にして假令へ其當を得たりとするも不幸にして他
の多數の希望に反し其賛成を得ざるときは却て物議の騒々しきを致して爲めに治安を妨ぐ
ることなしとせず左れば政治上に於ては眞誠の意見必ずしも多數の賛成を得ず多數の意見
必ずしも眞誠ならずして其要は唯一國の治安を致すに在ることなれば爲政の局に當る者は
自任自信して事を處する其傍らに亦自ら省みて時の事情と事の成行とを考へ常に治安の一
點に注目すること肝要なる可し且その身の地位高くして自ら信ずること厚ければ其周圍隨
從の人々も固より利害を共にする者のみにして常に首領の意を迎へんとするの情あるが故
に上流に居て其目に映じ耳に入る所のものは多くは自家に都合よき事のみにして爲めに幾
分の聰明を損する所なき能はず是れ亦其地位に伴ふ所の一不利にして甚しきは自信自任の
心を一變して自負自慢の極に至らしむることもなきにあらず斯る心事を以て社會を見渡す
ときは一世寥々として眼中英雄なく天下の事、乃公にあらずんば如何ともす可からずとの
感を催ほすことは世間徃々その例なきにあらずして識者の常に憫笑する所なり獨のビスマ
ークは不世出の才を抱き老帝を輔けて聯邦を統一し獨逸帝國の大業を創めたるのみならず
歐洲の諸強國を樽俎の間に弄びて和戰の權を一手に握りたる大豪傑にして其自ら任ずる所
も必ず大なることならんなれども聯邦中、翁を除て人なきにあらず不幸にして一朝この翁
の死する事あるも獨逸の勢力の俄に衰へざる可きは當世の識者の共に是認する所なり又英
國のグラツトストンは自由黨の總理にして屡ば大宰相の職に昇り同黨員の仰で以て頭領と
なすのみならず國人は皆G.O.M(元老の意味)と稱して其名を呼ばざる程の名望家なれど
も同國の自由黨は氏の一死の爲めに其頭領を失ふが如きことなく黨中必ず第二のグラツト
ストンを出すことならん左れば天下到る處豪傑の士に乏しからず日本亦斯の如し之を喩へ
ば相撲の關取り芝居の千兩役者の如し梅ケ谷が引かば日本の相撲も夫れ切りなり團十郎菊
五郎が老朽せば梨園を如何せんなど心配するは世間の常なれども梅ケ谷の後には大達を出
し又小錦を生し團菊必ずしも相續なきを憂るに足らざれば日本のビスマーク、グラツトス
トンも决して空前絶後に非ず相續の有無に付ては先づ安心なる可し抑も今の政府の當局者
は何れも維新の功臣にして云はゞ政府を造り出したる人々なれば自ら任ずるの厚きも固よ
り其所にして又國の治安の爲めにも當分の處、其人々をして局に當らしむるこそ然る可し
と思ふ所なれども時世の進歩は矢の如くにして二十年來の變遷は實に意料の外に出でたる
もの少なからず今前の例を以て今後の事を推測するに其變遷進歩疑ふ可きにあらざれば當
局者は深く自ら省みて日新進歩の時勢に應ずるの覺悟なかる可らず顧ふに德川幕府の末年
に今の明治の當局者が頻りに四方に奔走して事を企つるに當り當時の執政等は自ら信ずる
の厚き彼書生輩何をか能くせんやとて自ら省る所なき其中に遂に書生輩をして大事を爲す
に至らしめたるものは時勢の然らしむる處とは云へ幕人も亦油斷の甚だしきものと云ふ可
し左れば今の當局者も天下の事に當り自ら大に任じて其信ずる所を行ふは固より可なれど
も之と同時に又深く自ら省みて時勢の進歩と人情の變遷とに注意して一國の治安を謀るこ
と專一なる可し