「政府部内の事情」
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本文
政府部内の事情
明年以後國會開設して責任内閣の制、定まるに至らば内閣員は議會の輿論に隨て進退する
の覺悟なかる可らず盖し開會後の政府とても單に法律制度のみに依頼す可らず其機關の整
頓して注文通りの運動を爲すまでには多少の歳月を要し其間には自ら從前の行掛りもある
ことなれば開會早々内閣の更迭(今回の如き變則の更迭は兎も角も)を見るなどは勿論六
ケしき事ならんなれども既に〓度の定まる以上は漸次に其習慣を養成すること大切にして
其地位に在る者は平生より事に臨んで直ちに决斷するの覺悟肝要なる可し即ち是れ政治家
の德義にして今後我國の政治機關に圓滑の運動を見ると否らざるとは在朝政治家の德義如
何に在て存するものと云ふはざるを得ず左れば責任内閣の良習慣を作るは偏に當局者の覺
悟に在るものとして扨實際の有樣を顧みて此事の果して望みあるや否やを察するに今の當
局者は多年の經驗に富み事に慣れたる人々なれば豫じめ今後の事を慮りて夫れ夫れの覺悟
もあることならんなれども自ら省みて事の始末を考ふれば政府全體の事情は様々に入込み
て假令へ覺悟は定まりても實行の一段に至りて或は當惑することもある可しと思はるゝ其
次第を述べんに政府の事は都て當局者の意に任ず可きに似たれども内部に入りて其實際を
見れば决して然らず元來今の政府の官吏中には其地位、當局者に次で第二流に居る者あり
第三第四流に至るまでも各々所屬を分ち相互に結ぶの姿を成して其勢力は隱然、部内に蟠
まり容易に動かす可らず故を以て地位の高きものにても藩閥身閥の方に乏しき者は往々之
が爲めに要せられて説を動かすことなきにあらずと云ふ左れば他年國會開設の後に至り政
府の政略、議塲の多數を制する能はず止むを得ずして愈々責任内閣の責を行ひ斷然内閣を
去らんとするの塲合に臨み當局者の覺悟は既に定まる部内の人〓甚だ盛にして其一派の
人々が飽までも之を〓めんとするの學識もあらんには如何すべきや當局者の〓〓は兎も角
も爲めに事體の不穩を致すは勢の免れ〓〓〓〓〓可し例へば今回の條約改正論に就ても民
〓の議論〓々しくして〓に今日の次第に立至りしと云ふと雖も猶ほ内實の眞相を穿つとき
は此事に關して部内の議論は其聲甚だ靜なるにも拘はらず常に敵の急所を衝くの方略を取
り加ふるに外の聲援を以てして隱然功を奏したる實際の力は决して侮る可からず但し今回
の事に就ては政府部内の意見と民間の議論と相撞着するに至らずして濟たること幸ひなれ
ども國會の開設後に至り不慮の出來事よりして愈々責任内閣の實を擧げんとする其途端に
偶然にも議塲の論鋒と部内の方向と正反對をなし内外軋轢の極、事情の愈々切迫するにも
至らば當局者は其間に板挟みとなり進退の自由を得ずして獨り苦しむのみならず此混雜の
爲めに責任内閣の習慣を造るの望も全く覺束なきに至るの恐れなきにあらず斯くては官民
上下年來の盡力にて漸く其形を成したる立憲の制度も將に圓滿の結果を得んとするの曉に
至り區々たる情實の爲めに全うする能はず所謂、功を一簣に缺くものにして實に千古の遺
憾にこそあれば當局者は今日より豫じめ此邊に熟慮し先づ部内の紀律を一定して官吏の本
分を守らしめ他日萬一の塲合に臨み事の行掛りより内外議論の撞着を生じ爲めに政治機關
の試運轉に衝突を引起して自家の德義を損じ兼ねて後の政治上に惡習慣を遺さゞるやう我
輩が一般の世人と共に其注意を祈る所なり