「帝室の位地」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「帝室の位地」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

帝室の位地

帝室は至尊至高に居て下界の萬物を遍照し政治學問商工業等天下萬般の事に臨んで一樣に

其恩德を及ぼし春風の和らぐが如く時雨の潤ほすが如く靈妙温厚の德を以て社會の人心を

緩和するものなりとは毎度我輩の所言にして至尊至高の帝室が萬一その位地を離れて下界

俗事の衝に當り隨て其責に任ずるが如き姿を呈することもあらば所謂白龍魚服にして爲め

に其靈德を蔽ふの恐れなしと云ふ可らず經世家の大に用心す可き所なれども我國にては維

新年尚ほ淺くして帝室と政局との關係も未だ其習慣を成さゞるが故に彼の當局政治家は事

情困難の時に臨み從令へ袞龍の御袖に隱れて世論の攻撃を避けんとする等の卑劣なきも一

時の方便、帝室の御威光を拝借して之を和解せんとするの塲合はなきにしも非ず例へば功

臣網羅策を講じて在野の長老を敍爵せんとするに當り其辭退を許さぬやう或は勅命の重き

に依り又當路の政治家が意見を異にし自から政府を去らんとするに當り其辭職を止むるや

う或は勅諭を煩はすが如き孰れも一時の方便にして永く立憲帝政國に通用す可きものとも

思はれず特に先頃の風説に内閣員一同辭職の上、各大臣更撰の儀を皇帝陛下に奏請し陛下

の御思召のまにまに新に御親任あらせらるゝことを祈らんとの議ありと云ふが如き縦令へ

事實に行はれざるも世に斯かる考案を抱くものありと思へば我が帝室の爲めに謀りて窃に

寒心せざるを得ず凡そ歐洲諸國中正則の立憲政體國にては内閣交迭の塲合に臨み君主は在

野第一流の政事家即ち英國などにて申せば自由黨在野ならばグラツトストン、保守黨在野

ならばソールズベリー凡そ此流の人物を召して新内閣組織を命ずるのみ斯くて其政事家に

人望なく組織の任に堪へざるときは更に其他の政事家を召して同樣の事を命ずるに過ぎず

左れば新内閣その人を得ずして間もなく失敗することあるも君主は與り知らずして今度は

反對黨の首領を召し更に内閣を組織せしむる迄の事なれども先頃世上に風説せし如く主上

親から各大臣を撰んで各々その職に任ずる等のこともあらんには其大臣の適不適は自然に

責を撰者に及ぼし至尊至高の帝室に對して恐多くも俗政論家の喙を容れしむることも爲ら

んか不得策なりと申す可し扨て又立憲王國の君主は憲法上種々の特權を有して一旦この特

權を用ふるときは彼の國會を蹂躙するも决して六箇敷からざれども是れは憲法上の儀式文

に屬して實際この特權を用ふることなく然かも君主と人民との情交ますます親密濃厚にし

て相讓り相侵さゞる其趣は良家の父母が子女に對して父母の特權云々の理窟談に及ばず親

情靄々敢て勵聲叱責を爲さゞれども子女は父母の機嫌を見て行儀を紊らず家風を破らず相

愛し相敬するものに異ならず若しも然らずして帝室が容易に彼の特權を用ひたらば子女が

屡々叱責せられてますます其根性を惡くしますます父母の命に背くと一般人民は次第に不

服心を生じて雙方の間に情愛を薄くし結局帝室の威嚴を失ふ可きのみ昔し源滿仲は弓を献

じて妖魔を鎭し義家は弦を鳴らして之を退け頼政は則ち鵺(鳥が下)を射たり弦を鳴らす

は尚ほ可なり鵺(同前)を射るに至りては既に武威の衰えたるを見るべく初めより弓を用

ひずして其妖魔を鎭するこそ武門威嚴の極盛なれ即ち帝室の特權の如きも之を用ひざる處

に於て其威嚴の盛なるを見る可きが故に來年國會開設の後は特に帝室の爲めに謀りて容易

に其特權を用ふることなく滿を持して之を放たず以て其尊嚴を保たんこと我輩の切に祈る

所なり抑も政治なるものは國を治むるの作用にして凡そ國君たる者は其大綱を總攬せざる

可らざること固より申す迄もなけれども今實際の局面に當りて其政治を取扱ふは所謂俗事

中の大俗事にして政黨の軋轢、權力の競奪、日夜紛々擾々として心波情海穩かならず成る

可く其爭を君子にせんとするは經世家の用心する所なれども國中多數の末派は固より君子

なること能はず政治上に不如意あり又不愉快あるときは怨望と爲り嫉妬と爲るは即ち勢の

自然にして至尊至高の帝室をしも苟めにも其衝に當らしむるは經世家の忍びざる所なるが

故に立憲政體の本山たる彼の英國などにては多年實驗の然らしむる所、現に女皇陛下の名

義を以てするものにても彼の國會議院にて討議の衝に當るもの等は舊慣に因りて其名義を

存するも責任は何時か内閣に歸し反對黨の攻撃の際にも目指すは唯一の内閣あるのみ例へ

ば英國國會にて議院開塲の其時には女皇陛下が勅語を以て前期内治外交の模樣を諭示す之

をクウヰンス〔スピーチと云ふ然るに國會議院にては此諭示文に就て討議を開き在朝黨の

辨護する程に在野黨は攻撃を加へて會釋する所なし昨年末の事なりと覺ゆ自由黨の名士ジ

ヨン モーレー氏は諭示文修正の説を出して文中愛蘭の現状に就き平和滿足等の文字に換

ふるに粗暴殘酷等の言葉を以てせんとする其説をグラツトストン氏も敷演して現愛蘭事務

大臣バルフホール氏と爭論せしことあり事情を知らずして之を聞けば勅語に對して過激の

攻撃、英國自由黨の諸名士は不敬罪に相當するものなりなど思っふものもあらんかなれど

も女皇は九重の高きに居て此等俗界の爭に關せず辨護も攻撃も政黨同士にして其論示文の

當否に就き言の女皇に及ぶことなきは多年英國經世の士が王室の爲めに熟慮して此習例を

作りたるものなる可し我國にても經世の士は帝室を至尊至高に置きて俗世界の衝に當らし

めず政治上の責任は總べて之を内閣に歸して國中の愛敬は帝室に集め我か帝室をして偏な

く黨なく萬物を照臨して其靈妙温潤の德、社會の人心を緩和するに至らしめんこと我々臣

子の偏に祈願して已まざる所なり(以下次號)