「國會内閣」
このページについて
時事新報に掲載された「國會内閣」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
國會内閣
明治十八年政府内閣總理大臣を置てより交迭既に三回に及べり世人其總理中の出來事に因
みて伊藤内閣を立法内閣と呼び黒田内閣を條約内閣と稱したれども今度山縣伯の内閣は如
何なる本色を呈す可きや其計畫施設する所固より知る可らずと雖ども今年は國會開設の年
なるが故に國會内閣の名稱は或は新内閣前途の事業を蔽ふに足らんか即ち今度の内閣は最
も國會に直接して未曾有の新局に當るものなれば先づ其身構を定むること肝要にして中に
就き最も肝要なる者は凡そ政府の施爲する所、内閣聯帶その責を負ふて善惡得失必ずしも
問はず政府部内は同説同見、全體の運動を一にして外に臨むの一事是れなり盖し内閣一致
の事は年來我輩の所論なれども今日之を反覆するは他なし凡そ立憲政治の下にて國會に對
する内閣は國家重要の問題に就き内閣聯帶協議の上其議案を編制して之を國會の討議に附
し其議案の種類に因りて各省受持の大臣が自から原案者の任に當り之を辨護するを通例と
し今英國などにて申せば二朱半利附整理公債案は出納尚書ゴツシエン氏が自ら其原案者と
爲り地方政治案は地方政廳長官リツチー氏が之を出し彼の軍艦増製案は海軍大臣ハミルト
ン氏の提出する所と爲りたるが如き即ち其近例にして各省受持の大臣は其提出したる原案
に就き國會議員の質問に答へ其攻撃辨難に應じ所謂先鋒隊として專はら其衝に當れども後
陣は内閣一同にして勝敗は一人の勝敗に非ず苟も政府方の議案とあれば内閣一同その責に
任じて進退を共にするが故に在朝在野兩黨に分れて兩黨更る更る内閣に立つも黨論自から
一定して能く前後の筋褄を合はせ己れ内閣に列しながら其内閣の所爲に就き他日不服を唱
ふる等所謂自家撲滅の所業は立憲政治國の内閣員に其例甚だ稀なるが如し誠に尋常の事な
れども從來我國の實際に於て此事の尋常ならざるは何ぞや盖し我が政府の人々は維新前後
の功を以て今日顯要に立つものにして文武勳業の異なるに因り藩閥出身の重きに因り兄た
り難く弟たり難く互に相儕輩視して曾て相下るの念なきが故に政府部内に相對して彼れを
總理大臣と云ひ此れを何々大臣と云ふも銘々一方に雄視して其内心を叩くときは乃公自か
ら爲す所あり何んぞ他の喙を容れんやとて職務の輕重を區別するに暇あらざるの情なきに
非ず即ち從來政府に於て動もすれば運動の一致を缺き各省受持大臣は或は他に謀らずして
自から受持内の大事を斷じ或は二三人を以て重要の國務を决定して他大臣の異説に關せざ
るが如き事例ある所以にして例へばブールス條例の如き其商賣上の實際に行はれ難きは普
く人の言ふ所にして素より修正を要するものならんと雖も其利害は兎も角も既に發して條
例と爲したるからには政府部内に異論ある可らず若し或は實際に不都合ならば部内一致し
て速に之を修正し又廢止す可き筈なるに之を實施するにもあらず又修正廢止するにもあら
ず唯商賣社會に危惧の念を抱かしむるのみにして一方より聞けば大臣中には初めより同條
例を悦ばずして自分は豫てより異存を唱へ置きたりとて人に語りし者ありと云ふ同一の内
閣中に是非の反對を現はすものにして唯奇なりと云ふ可きのみ孰れも情實政府に於て免る
可らざる者にして國會開設せざる以前は斯かる奇相を呈することあるも先づは雲烟過眼と
して世人の眼中之を見咎めざる可しと雖ども一旦國會開設して政府は之れに條例案を附し
政府黨が力を盡くして之を辨護したる功に因りて首尾よく條例と爲りたる間もなく當初こ
の條例案を作るに際して内閣中一二の異論者あり追て此論者の意見に因りて其條例の實施
を見合せ閣議未遂の姿を呈することもあらば如何、反對黨派は政府の弱點、此處ぞ取り逃
す可らずとて其耳を引き其尾を捕へ與論の力を總身に集めて忽ち之を倒すことならん故に
國會に對せんとする政府は先づ其身構を一定して政府部内に異説あるを許さず凡そ政府の
施爲する所は善惡得失必ずしも問はず内閣聯帶その責に任じて共々その運動を一にし内閣
は一塊の頭腦と爲りて身體四肢に號令するに前後その方向を違はざるやう相顧應して進ま
ざる可らず左れば政府の人々は維新の前後櫛風沐雨勳業正しく匹敵して爵位勳等同じきが
爲め相互に〓輩視して相下らざるの勢あるも一旦合して内閣を組織し各々その職務を定む
るときは爰に心事を一變して長〓勢々その職を亂さず己れ其内閣の下を去らざる間は總べ
て總理者の命令に應じて嚴格に之を奉行し私交と公務とを區別して我意を其間に交ゆ可ら
ず若しも然らずして從來の如く人々自から我意を張りて總理者に統率の力なく全體の運動
歸一せざるときは國會に對して進退常に度を誤り或は救ふ可らざるの失敗に陥ることもあ
る可ければ今後内閣の總理は權力責任の集〓と爲り古人の所謂「千成や蔓一筋の心から」
の趣を學んで百官千僚雜然たるも總理一筋の命を以て自由に之を左右することを得、以て
其國務を辨じ以て其國會に臨むの覺悟專〓ならんのみ