「各大臣の上奏」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「各大臣の上奏」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

各大臣の上奏

昨年十二月内閣の更迭と共に内閣管制の發布あり内閣の管制とあれば事、重大なるが如く

にして當時の新聞紙上に之を論じたるもの少なからざりしかども我輩は之を讀んで別に出

色の廉あるを覺えず唯その少しく異なる所は從前は法律勅令等一切の文書には必ず總理大

臣が主任大臣と共に副署したるものを新官制にては事務主任の各省大臣が專ら副署の任に

當る事となりたる位のことにして其他の精神に至りては著るき差別とてはなく唯從來仕來

りのものを一片の成文として公にしたるものに外ならざれば之に對して別に論評を費す事

をも爲さゞりしに一昨日の官報を見れば右の内閣管制に關する各大臣の奏上なりとて一篇

の文を載せたり即ち昨年十二月二十四日を以て各大臣が連署、官制改革の趣旨を上奏した

る案文にして官制の精神とも見る可きものなり今これを讀むに官制改革の趣旨は憲法の主

義に據り國務大臣の責任を明にすると云ふに外ならずして而して其改革の方案に至りては

總理大臣は各大臣を統督し法律勅令一切の文書必ず主任大臣と倶に副署し其權力廣大に過

るの嫌なき能はず宜く之を改め各省大臣をして各々其主任事務に就ては專ら副署の任に當

らしめ以て愈々憲法の主義を通す可きなりと云ふに過ぎず即ち新官制の精神は專ら此一點

に在るものにして其改革と云ふも別に異常ならざるを知る可し然れども奏議の後半は專ら

立憲德義の習慣を今日に養成するの必要を説き各々其良心に誓ひ聖明の委托に奉封せんと

するの誠心を吐露したるものにして其大意は内閣の組織は同心一致を旨とし内部に於ては

多少議論の異同あるに拘らず外に對する政治の方向は必ず歸一を要し其一致を保たんとす

るには内閣の機密を以て最も緊要とせざる可らず内閣員にして君主に對して意見を採用せ

られず又は同僚と議論の合はざるを以て辭職することあるも其政務上の事に就ては長く秘

密を守るを以て政治家の義務と爲さゞる可らず之を内閣輔相の德義とす今の時に當り此德

義を鞏固完全ならしむること能はざれば其影響は議會及び公衆に反映して將來に療す可ら

ざるの災を爲さんとす云々と云ふに在り而して諸大臣は今此に見る所ありて深く將來に反

省し各々良心に誓ひ以て内閣の統一を期せんとする其心掛の殊勝なるは實に大臣の本分に

して我輩に於ても只管感服の外なしと雖も右等の如き内閣の秘密を守る云々の一義は本人

銘々の德義に關する事にして他より云々する能はざるは勿論、又法令約束に訴ふる事も能

はざるものなれば唯これを内閣の諸大臣が至尊の邊に對し奉る一篇の誓詞と見て終始渝ら

ざることを希望するの外なし又末段の今の時に在て和衷協同して私援を絶ち公義に殉ひ合

せて一體を成し以て憲法の精義に對へ云々の一節に至りては我輩は其眞意の所在を詳にす

ること能はずと雖も聞く所に據れば現内閣は在政黨外の主義を固執するものなりと云へば

其所謂私援云々とは内閣員たるものは全く政黨と絶縁して其援助を要せずとの意味にても

ある可き歟之れ又内閣の諸大臣が至尊に對して銘々の覺悟を誓ひ奉るの詞なるが如し以上

の觀察よりすれば此奏上の一篇は題して内閣官制に關する各大臣の奏議と云ふと雖も其實

官制改革の趣旨として見る可きは唯各省大臣をして其主任の事に就ては專ら副署の任に當

らしむ云々の一節に過ぎずして其他は總べて諸大臣が德義上至尊に對し奉るの誓詞と見て

差支えなきが如し而して今日に至り之を世に公にしたるは恰も天下公衆の前に於て至尊に

對し奉り誓詞を述べたるものなれば我輩は唯その誓詞の現内閣と共に終始渝らざることを

陰ながら希望するに過ぎざるのみ