「外資吸收を謀る可し」

last updated: 2021-12-25

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時事新報に掲載された「外資吸收を謀る可し」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

近來金融引き締りて諸會社株券一般に下落し現在一割内外の純益を配當する諸會社にても株金拂込の遲滯者あるに出逢ひて頗る困難する者あるが如き今日理財社會の士が大に注意す可き所ならん抑も舊冬より本年に掛けては生絲の直段格外に宜しく例年の割合を以て申せば金融大に開通して理財社會に餘裕を生ず可き筈なるに然るに此矢先きに立て融通不如意の勢を呈するやうの次第にては本年商工世界の前途實に憂慮に堪へざるなり盖し此金融の切迫に就ては其原因も種種にして或は米價の騰貴に連れて諸物價の騰貴を致し假りに此騰貴を二割と見れば百萬圓の仕入高に於て二十萬圓の餘金を要し諸會社などの會計上爲めに餘分の費額を生じたる等の事情もあらんか是れも亦一原因なる可しと雖ども爰に其主因とも申す可きは近來諸會社の濫立是れなり聞く所に據るに昨今日本全國諸會社の株券を合計すれば殆んど三億圓以上に達す可しと云へり通貨一億圓少餘の處に三億圓餘の會社が起りて隨時その株金を拂ひ込まんとするは數の自然に許さざる所なれども實際世間の有樣を見れば幾百の會社が創業に際して何れも未だ其基礎を固むるの暇なきに更に又幾百の新會社を生じ其會社熱の熾んなる内の起業に飽き足らずして海外萬里に新事業を求め餘剩もなき内國の金を引き出して其企圖を果さんと試むる者さへあり日本國中到る處會社の濫立する有樣は凡そ肉體のあらん限り痂瘡の續續發生して滿身餘地を留めざるが如く若し其成行に一任し去りて之を救ふの術なきに於ては早晩潰決腐敗して收拾す可らざるに至らんこと即ち勢の自然にして彼の金融切迫の如き纔に其端緒たるに過ぎざるなり左れば今日の計は政府が此邊の用意を以て差當り會社條例を發し間接直接會社の濫立を防ぐと同時に理財社會有識の士人は後來その社會の災害を察し互に相戒めて成る可く新會社の萠芽を絶ち既に發生したる會社の爲めに成る可く繁茂の餘地を留めて我が實業の安全を謀り共共その心力を盡くして今後の厄運を經過するの覺悟專要ならんのみ人或は説を爲して今日金融の切迫を解くは日本銀行一擧手の勞のみ從來日本銀行にては郵船會社日本鐵道會社等政府の保證ある會社株の外、尋常諸會社株を抵當として金を貸出さざるの慣例なれども今より信用ある會社株は總べて其抵當たらんことを許し颯颯と金融を開くときは今の切迫は目前に去りて理財社會の苦情を絶つは誠に容易の事なる可し且つ兼ねて噂あるが如く政府が興業銀行を起して低利の金を永年間に貸し附け或は興業諸會社の爲めに隨時融通の道を開きたらば是れ亦ますます妙ならん云云と談する者あり自から一策として見る可きものなれども金融の少しく緩むと同時に更に諸會社の新設を催ほし隨て緩み隨て迫るの勢を呈せんには幾個の日本銀行ありても又興業銀行ありても結局行き詰りを生ずるのみか其時に至りては他に救ふ可き道なくして新舊の會社諸共に立徃生するの慘状も圖る可らず即ち我輩の所見に於て今後の金融を整頓し既成の諸會社を全うして其自殺を制するには官民共に心を合せて成る可く新會社の濫立を防き金融上にも營業上にも既成會社に餘裕を與へて其生存を謀るの外、更に好方便なかる可しと信ずる所以なり

前陳の如く今後は官民心を盡くして成る可く新會社の濫立を防き又既成會社の爲めには日本銀行を始めとして夫れ夫れ其道の助勢を與へ興業銀行の設立の如きも亦必要ならんかなれども目下成立の會社のみにて通貨總額に三倍するやうの有樣にては早晩異常の困難に陷るの恐れあるが故に我輩の所見は政府に於て斷然意を决し整理公債起業公債等その名稱の何たるを問はず都て外國人の之を所有し賣買するに任じ以て外資吸收の道を開かれんことの一事なり抑も我が日本政府にては中山道鐵道公債を除くの外、諸外國人をして内國公債證書を所有賣買せしめざるを例とすれども畢竟舊時の習慣に出でしことにして理財上果して理由あるを見ず既に中山道鐵道公債の先例あるも外國人がこれを所有し若しくは之れを賣買して爲めに弊害を生じたるを聞かず左れば外資吸收とて新に外國債を起すを要せず在來の内國公債證書を擧げて外國人の所望するまにまに時の相塲を以て賣り渡し居留外國人には勿論、倫敦人なり紐育人なり之を所有せんとする者あらば隨時其望に應じて證書に代るに金銀を以てし此金銀を散布して國内の融通を開く可きのみ斯て海外諸國人は自國の公債證書にて年に二朱半乃至三朱の利子を得るに引き替へ日本の内國公債證書を所有すれば少くも五朱以上の利子を得べきを知り次第に其香味を慕ふて次第に其需要を増す時は日本人は新に資金を得て之を有利の殖産に利用す可し即ち内國公債證書の姿を變じて通貨と爲し之を五分利以上の事業に用ひて事業より生じたる商品貨物をば海外に輸出す、利益の所在明なりと云ふ可し但し内國公債證書は政府が其利子を仕拂ひ若くは元金を償却するに總て我が通貨を以てするの法なるが故に之を所有する外國人にも矢張り其法を適用して銀貨仕拂の事と爲すか斯くては海外諸國人が之を所有せざる可しとの掛念もあらば政府は少しく奮發して凡そ海外所有者には其時時の相塲を以て金貨折算の法を立るも可なり又其利子の渡方は正金銀行海外支店等に於てするか或は其他の方法に因るか夫等の機宜は總べて當局者の考案に任せ兎に角に海外諸國人に内國公債證書の所有を許して多少を問はず外資吸收の道を開くは我が理財社會に於て目前直接の便法なる可しと我輩の信ずる所なり           (以下次號)