「外資吸收を謀る可し(一昨日の續)」

last updated: 2021-12-25

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時事新報に掲載された「外資吸收を謀る可し(一昨日の續)」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

内の金融切迫に際し政府が斷然意を决して諸種の公債證書を外國人の所有賣買するに任じ多少を問はず外資吸收の道を開くは目今變通の便法にして之を實地に施行したる上、目的通りの結果を得れば我が金融を緩和して効驗赫著なることなるべく若し又案外不出來にして其目的を達せざるも本來事に害なきが故に我が財政の當局者は試に之を實行して其成否を卜して可ならんのみツラツラ近時歐米各國の商政を案ずるに商業次第に發達して資本の總額増加するに隨ひ其金利は次第に■(にすい+「咸」)じ取引繁昌して基礎の堅固なる銀行にては其預金に對して利子を拂はず又各國公債の利子も益益低■(にすい+「咸」)するを以て近年各國政府に於て整理公債を發する者多く英國政府は出納尚書ゴツシヱン氏の斡旋を以て千八百八十八年度(明治二十一年)より三朱利附きの公債を二朱半利附に交換し其利子額を■(にすい+「咸」)ずること凡そ百萬磅に上り爾後引き續きて此商政略を施行す可しと云ひ露國も亦同年度に整理法を施行して四朱半以上利附の公債を四朱利附に變更せり又北米合衆國政府は千八百八十九年(明治二十二年)レパブリカン黨政權を得てハリソン將軍大統領に就職の後は國庫餘剩金を以て公債償却を實行するの方向を取れり之を要するに近年各國政府の處置は或は公債額を■(にすい+「咸」)じ或は其利子を■(にすい+「咸」)ずるの傾にして歐米市塲には目下金利の次第に低■(にすい+「咸」)するの勢を見る可し抑も資本の性質は其利子の高き處に流るるを常とするが故に各國政府が整理公債を連發し又は其國債を償却するの際には資本主も亦其利子の低下に驚き少しく商政の考あらんものは此低利の公債を離れて別に其資本の奉公口を求めざる者なし然るに今の實業社會は器械の利用、人力の節儉、殘る隈なく行はれて製造業は産額を増し唯其賣口を得ざらんことを恐れ鐵道運河礦山等凡そ大資本を要する事業は人力已に加はりて殆んど手を下す所なく資本口入れの當局者は其奉公口を見出すに苦しむ最中にして目下歐洲諸國にて大資本を持ちたる者は徃時我が舊藩士が次男三男打揃ふて幾多の男子を持ちたると一般、其行先きを始末するに當りて適當なる片附け口なきに困じ果て殆んど當惑する程の次第なり左れば近時歐米の資本家は其大資本を片附けんとして絶大冐險の事業を企て銅塊買占策と云ひ石炭砂糖の專賣と云ひ豫め世界の砂糖製造家、銅石炭礦主と約し向ふ幾年間の産出額を唯一手に買ひ占めて世間砂糖銅石炭の價を唯一手に左右せんとする者あり即ち銅塊買占策は佛國商人之を試みて既に成功を誤まりたれども砂糖石炭專賣の如きは今や其成否を豫算する最中にして此外近來英國にては銅〓買占策を發言したるものさへあり資本の増加人情の向ふ所、以て見る可きなり又近年各國にて會社のAmalgumation★(★合體の義米國にてはツラスト システムと云ふ)と云へること各業の間に行はれ從來小會社にて各自同業を營みたる者が合同歸一して次第に其會社の數を■(にすい+「咸」)じ以て各自の競爭を絶ち其利益を維持せんとする者にして英國にては近來内地鐵道會社の間に於て之を實行したる向きも少なからず又一昨年中は英國の三大電話機會社(チヱシヤ電話機會社、ナシヨナル電話機會社、ユウナイテツト電話機會社)合せて一千萬磅の一會社と爲り所謂合體の相談を整へたりと云ふ又炭坑會社にても昨今合體を唱ふる者多きが故に行く行く其實行を見るの日あるべく斯くて此會社合體の風は次第に歐洲大陸にも吹き入り近來新聞紙上に於て毎度其評判を聞くに至れり扨て此會社合體の縁起は詰り資本の増加にして少しく見込みある事業には資本家が爭ふて其資本を投じ今鐵道の例にて云へば同じ都府と都府との間に三筋も四筋も線路を作り互に相競爭して共倒れの勢を爲すが故に其會社を聯合して各自競爭の不利を去り又之を合體するが爲めに營業管理の手數を省き隨て其費用を■(にすい+「咸」)ずるの目算に出づることなり其他歐洲諸國にて利子に餒えたる資本が南北亞米利加に濠洲に爭ふて走り出る趣は雪中の餓虎が餌を索めて山を出づるの有樣にも喩ふべく特に近時歐州各國の商政新聞雜誌を見れば亞弗利加地方の企業に關して會社の勃起すること著く日として紙上に其廣告を見ざることなき程なり孰れも資本の増加して歐洲中に好き職業を得ざるが爲め爭ふて他國に出稼するの結果にして一種の語を用ふれば之を資本の移住と云ふも可ならん資本他國に移住して不知案内の旅の空に敢て危險を冐さんとする其處に借用主は日本政府、間違ひのなき公債證書が坐ながら五朱以上の利子を生ずるを見たらば彼の國國の資本主は流涎三尺直に之を所有せんとすることならん或は我國が東洋に在りて彼の資本家等が事情を知らず公債證書の割合よきを見て牡丹餠の中に針はなきや容易に手を觸る可らずなどとて妄りに掛念するものもあらんかなれども廣き西洋國人中には日本の事情に注目して其財政等の模樣をも探り其公債證書に對して敢て掛念せざるものもあらん我輩は其結果の如何を問はず政府が斷然意を决して彼の海外諸國人をして一切の内國公債證書を所有せしめ又之れを賣買せしめて彼等の資力を吸收し之れを我が社會に散じて金融開通の一方便に供せんこと偏に希望に堪へざるなり             (完)