「・朝鮮の防穀事件」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「・朝鮮の防穀事件」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

・朝鮮の防穀事件

我が政府が朝鮮に對する政策を見るに一時は隨分干渉を試みたるの形跡なきに非ざりしとも五六年前より全く其趣を改めて殆んど放擲したるものゝ如し蓋し干渉と云ひ放擲と云ふも固より條約以内の運動にして其範圍外に進むこともなければ又退いて顧みざるにも非ず要するに平穩を主としたることなる可けれども元來唇齒輔車の關係ある近隣國の交際なれば益々その友誼を厚くせん爲め彼我相愛し相利するの方便如何は朝野のともに夙に關心する所なるべし曩に締結したる日韓通漁規則の如きは彼の人民に左程の損失なくして我に取ては較著なる利益あり更に申分なき所のものにして我輩は當局者の勞を謝すると共に今後も亦百事右樣の筆法に出でんこと切に希望の至りなれども近日の朝鮮通信(去月二十五二十六兩日の本誌雜報欄内に詳記せり)に見えたる元山津防穀事件の如きは頗ぶる安からざるの思なき能はず元來彼國の防穀令なるものは兵擾凶鍬等の場合に限り穀物の輸出を防止するの定めにして條約の許す所なれども現に咸鏡道の農作は三十年來未曾有の豐況なるにも拘はらず元山の監司趙乘式氏は却て防穀令を發したるのみか剩さへ日本商民を冷遇して止まずと云ふ其後同國京城發の通信(本日二日の本紙雜報參照)によれば我が公使より外務督辨に談判して監司の違法を責め監司も王命に從ふて服從書を捧呈せしが是は表面のみにして實際は聊かも埒明かざるが故に公使は更に内務府の手を經て參内を請求し元山在留の商民は直接に本國政府の保護を仰がんと決心したる程にて今猶ほ落着せざる趣なり或人の説に是れは監司が支那の密商に結び利を圖らん爲めの趣向にして穀物の輸出を禁止するときは農民は其生活に困窮するより例令へ廉價にても之を賣却せざるを得ず監司は其低廉に傾くを見て之を買占め支那の密商に引渡すの手續に相違なからんと云うふ者あり信僞固より知る可からずと雖も監司と督辨との閒に恰も政令の行違あるものゝ如く事の運びの捗々しからざるは今日の事實に現はれ兔に角に豐年に防穀令は條約の許さゞる所にして朝鮮政府が之を等閑に附するは兩國民の貿易を保護するの道にあらされば此時に當り我が當局者は事實を明にして速に處分を施し在朝鮮の日本商人をして商機を誤り利益を空ふするの憂なからしめんこと我輩の大に望む所なり利益の衝突若しくは齟齬するものこそ實に國交際上親睦の主因たる可ければなり