「地價修正と議員の被選資格」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「地價修正と議員の被選資格」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

地價修正と議員の被選資格

昨年八月特別地價修正法の發布ありしより明治廿二年分までは地租十五圓以上を納め居たる者も廿三年分より修正地價によりて地租を徴收すと定められたるが爲め地價低落して地租も亦十五圓以下となる者あるに至れり本來衆議院議員撰擧法に據れば其第六條第八條に撰擧人名簿調製の期日より前滿一年以上其府縣内に於て直接國税十五圓以上を納め仍ほ引續き納むるものは被選人たるを得とあるが故に假令へ一旦特別修正法によりて地價を低下したるにもせよ撰擧人名簿調製期日即ち本年四月一日前に土地を補足して地租十五圓以上に滿るときは納税の點に於て欠くる所なきが故に當然被選人たるの資格を失はざる筈なれども選擧法施行規則第三條に選擧及被選人の納税資格は地租に付ては撰擧人名簿調製期日より前滿一年以上十五圓以上を納むる者とあるが爲め納税資格に於て欠くる所なきも所有に於て欠くる所あれば未た被撰人たるを得ざることなり顧ふに所有せずして納税すべき筈なしと雖も舊地價は咋年末を以て十五圓の價を失ひたることなれば今年四月までに新たに土地を補足すと雖も其補足したる分は去年十二月三十一日以後の所有にして前滿一年以上の所有にあらず其補足したるまでの日月は恰も空虚の姿なれば納税は事實に完全にして所有は事實に欠損あり即ち納税を以て云へば其税を納るときに土地を所有すれば納税者たる可し所有を以て云へば其一年間を通して土地を所有し且税を納めざる可らざるが故に到底不合格たるを免れざるが如くなれども爰に又一説をなす者あり明治廿三年分と云へる其分の意義は果して暦年度によるものなるや疑ふべし例へば明治廿一年三月に某の土地を買入れたる者ありと假定せよ暦年度によるときは其三月までは賣主の所有にして隨て二箇月分の地租は賣主より徴收すべき筈なれども實際は之に反して買主より之を納むるに非ずや左れば其間の賣買取引は毫も政府の見る所に非ずして唯徴收の期日に現在所有者をして納税せしむるものなるべし即ち徴收の期日を基として所有の誰彼を定むることなれば廿二年分と云ひ廿三年分と云ふは文字の如く一月より十二月迄を指すに非ずして徴收期即ち今年七月より來年四月下旬迄のことゝ認むるの外ある可らず既に徴收期を以て所謂年分なりとすれば廿三年分とは廿三年七月よりのことにして夫れ迄は未だ地價を修正せられざることゝ知るべし故に議員候補者は「仍ほ引續き之を所有し及び納め」んが爲め四月までに土地を補足するときは當然資格を失はざるべしと又これを駁する者は曰く淘に然り然れども今官有地を人民に拂下ぐるに當り年の三月に拂下ぐれば三月までの地租(一、二の兩月分)は之を差引きて納税せしめ又人民より買上ぐるにも三月までの地租を納めしめざれば已まず之によりて觀るに政府の年分と云ふは明かに暦年度によるものにして夫の民間の賣買の如きは毫も納税に妨げなきが故に深く名分を問はざる次第ならん歟云々嚴密に立論するときは前説も固より理ありと雖も彼は人民同士のこと、是れは官民間のことにして何れを本意と定むべきやに至ては所詮後説に重きを置かざる可らざるが如し

然りと雖も右に付ては近來諸説紛々として何れも多少の理由あるが如くなれば之を輕々に即斷す可らざるは勿論撰擧法に於ては單に直税十五圓以上を納め云々と定たるのみなるに施行規則に於て…………を納むべき土地を所有し…………の文字を附加したるが爲め恰も所有と云へる新資格を增したるの姿となり被撰候補者を驚したることなれば喩へば不時の天災に遭ふたるものゝ如く其心事大に酌量すべきものあり且つ又施行規則とても昨年中に發布せられたらんには兎も角も準備の工風を得たるべきに何を云ふにも本年一月九日始めて發布せられたる事なれば所有上に少なくも九日間の中斷は免る可らず是も當局者の方寸に存することにして表面より敢て論争するに由なしと雖も亦是れ酌量の理由として數ふるに足る可し世間或は専ら衆議院議撰擧法に重きを置き施行規則は唯その註釋たるに過ぎずとして納税の資格に於て欠くる所なければ「所有し」の文字は左程に重視するに足らずと論辨する者もあれども既に法文に掲ふる上は之を看過する能はざるは勿論にして爰に何分の沙汰なきを得ず名簿調製期日も程なき今日、我輩は政府に於て此問題を最も迅速に最も鄭重に評議し彌々疑點の決したる所にて成るべく候補者の資格を空ふせざらんことを希望するものなり