「博覧會は賑々しかる可し」
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時事新報に掲載された「博覧會は賑々しかる可し」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
博覧會は賑々しかる可し
今年の内國博覽會には種々雜多の出品を爲すものあらん又此博覽會を見込みて種々雜他の金儲を爲さんと企つるものもあらん此年來國家人文の進歩に連れて出品類の珍らしき金儲策の新らしき古今未曾有に人目を驚かして會塲内外の賑々しかる可きは我も人も共に期する所にして我輩は其仕掛の何樣たるを問はず唯その賑々しきを見て之を悦ぶものなれば博覽會事務官の向きに於ても法律規則に差支なき限り人情風俗に故障なき限りは出品者の企望も金儲人の情願も成る可く廣く包容して各自人民の爲す所に任せ營利的の發明工風も亦是れ博覽會塲の賑ひ、其の工風の巧拙に應じて夫れ夫れ其報酬を受くることを得せしめ瑣細の部分にも理窟を列べ鹿爪らしき官癖を張りて博覽會の興を醒さゞらんこと我輩の偏に希望する所なり凡そ何れの國にても政府の行事は嚴格にして且つ迂遠なること多けれども我國官府の癖として動もすれば國益云々の尺度を用ひ博覽會の如き混雜の塲合に臨みて瑣末の事を斷するにも一々此尺度を當て箝むることあるが故に事を窮窟にして人民の迷惑を來すのみならず之が爲め却て全體の盛觀を減じて本來の目的を達する能はざるの憾なきに非ず例へば今度の博覽會に際し上野公園内の地所を相して廣告紙貼用塲を設けんとて之を其向きに出願したる者ありしに其向きにては詮議の末、願意を聞き屆けざるに非ざれども其出願の理由中に國益たる可き箇條少なく營利の私に屬する部分多きが故に追て此廣告紙貼用塲が國益の一端たる可き其理由を見出す迄は容易に之を許さゞる可しと云ふ又昨年中我國より拂國巴里の大博覽會に園藝花木を出品したる一人が陳列品の周圍に竹籬を環らし中に日本風の小茶室を設けて出品縱覽の人々を案内し一々日本茶を饗せんとするの趣向に就き若し此縱覽客中に茶代を置き去るものあらば之を受納して然る可きや如何とて之を我國より出張したる其向きの人に伺ひたるに博覽會にて茶代受納は國の面目にも拘はるべければ堅く相止め申す可し云々の指令に接し茶を出して茶代を取るに國權論は異な者なれども是れも指令なれば致方なしとて遂に手を袖にして止みたりと云ふ元來博覽會の擧は國の爲めに各種の産業を奬勵する者なりと雖ども其博覽會に出品する工藝製造人の私より申せば其出品の評判を得て後來多くの注文を受け其利益を營まんとする者に外ならず現に歐米諸國の博覽會にて出品人が出品物に就き効能を述べ廣告を配り成る可く多くの客目を引きて會塲を一種の商賣塲と爲すは人の能く知る所にして博覽會は大に各種工藝製造人の營利を助くるものなれば此博覽會を當て込んで種々の方角に雑多の金儲を爲さんとする者をも包容して傍より之を制限せざるは亦是れ博覽會の功德なりと云ふ可し左れば今年の博覽會に於て遊觀娯樂好奇知新人民夫れ夫れの思附を以て錢儲の工風を爲す者あらば會塲内外苟も餘地の有らん限り總べて其工風を實試するの塲として片端より之を貸し渡し音樂堂には淨瑠璃長唄、清元、常盤津以下の語り物に幾千の耳を娯ましめ芝居舞臺には新古狂言歌舞伎手踊等の妙藝に幾萬の目を悦ばしめ太々神樂、手術、輕業、楊弓、〓店、見世物一切、河童、轆轤首、丹波の國にて生捕りたる荒熊の類に至るまで之を見て樂しむ者あればこそ之を見せて錢を儲ける者もあるなれ傍より之を妨げずして東台滿山此等の餘興を以て充〓せしむることを得ば餘興を樂しむ遊觀人も幾回か其主たる博覽會塲に出入して全體賑々しき盛况を呈す可きが故に會塲内外の獻立に堅苦しく材料を吟味して一々國益の解剖は先つ以て之を見合はする方得策なる可し又彼の博覽會の出品を取捨するに是れは有用なり夫れは無用なり無用を捨て有用を取る可し云々の談あれども凡そ物の有用無用は時と塲合とを以て異なる者にして眞實之を判斷すること能はざるのみならず無用有用を含包して之を參照對比せざれば其用の有無を知るに由なかる可きが故に成る可く含包を大にして之を洩さゞらんことを期せざる可らず今普通の判斷を以て申せば牛馬は人間に有用にして豺狼虎豹は無用なるが如くなれども左ればとて牛馬のみを留めて豺狼虎豹を除きたる者は完全なる動物園に非ざる可し左れば博覽會も動物園の如く牛馬豺狼虎豹に論なく千種萬類を網羅して所謂集大成の域に達せしめ又一方には其會塲の甚だ淡泊殺風景にして興味の乾燥するを防き學者の研究を要す可き者あれば婦女子の目を悦ばしむる者もあり品類多端にして興味雜駁、荊棘の下に牡丹の花を咲かせ鴟梟の頭に孔雀を止らせ美醜細大有用無用悉く之を網羅して隨て見物人の區域を廣くし多くの人數に多くの感想を生ぜしむるは是れ博覽會の大主意なる可し斯くて見物人も多くして會の收入も多ければ此收入を利用して何か博覽會の紀念物を殘し所謂豹は死して皮を留むるの遺意を實行するの工風ありて可ならん此一事に就ては我輩重ねて紙上に陳ぶる所あるべし