「各省官制通則の改正」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「各省官制通則の改正」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

各省官制通則の改正

頃日來頻りに其噂ありし各省官制通則の改正はいよいよ勅令第五十號を以て發布せられたり大體に就て之を見るに從來の同通則は總て八十五箇條より成るものなりしに今度は僅に四十箇條に過ぎず蓋し前の通則は局課の權限より事務執行の手續に至るまで詳細に規定しありたれども改正通則は此等の事を擧げて各省夫れ夫れに制定に任せ其運動を自由にしたるが故なる可し抑も事の本來を云へば官制なるものは政府部内に於ける事務取扱上の規定に外ならざれば右を左にし前を後にしたればとて國家の運命に格別の關係あるにも非ず又人民の利害に左程の影響を及ぼすものに非ず唯時の為政者の便宜に任す可きのみの事なれども我輩は此一事よりして想像を運らすときは後來の政治上に卜す可きものあるが如し試に之を陳べんに今回の改正に就き執務の大概を各省の便宜に任したるからには各大臣の權限は從前よりも大にして其責も亦重きを增し例令へ内閣の首座に總理大臣の在るあるも施政の權限或る部分までは其主務省獨立の資格を持って之に任せざるを得ず、事を行ふの權あると同時に其責に任す可きは理の當然なればなり扨國會開設の後に至り政府は人民に對して責任あるやなしや西洋立憲國の如く責任内閣なるや然らざるやは隨分喧しき議論なれども我國には從前久しき因縁もあり今年國會を開て今年直に責任内閣の實を現はし議塲の多數が政府に反對すれば一時に内閣大臣の辭職を促がす可しなどは聊か性急の談にして例令へ口に缺す可きも事實に行ふ可らざることならん左ればとて國會を開きながら内閣大臣は政事上に付き一切人民に對して責任なしと云ふも穏ならず依て其中間の成行如何を案するに政府の各省におのおの特色の權限あるこそ偶然の事情なれ主務長官の責任も是に於てか定まることある可し其次第は今若し財政問題なり教育問題なり國會の議論の種となるときは主務長官は之に對して一々説明を與へざるを得ず其説明を以て國會を滿足せしむれば則ち可なりと雖も萬一雙方の所論互に背馳して相容れざるときは其責任は何人に歸すべきやと云ふに各大臣が國務大臣たるの資格を持って合議の上決行したることならんには無論聯帯を以て責に任す可きなれども各省の權限内に居り主務長官の方寸を以て取扱ひたる事件の始末に至りては其責も亦執權者に歸すること當然の條理なれば長官は國會多數の意向の在る所を察して獨り自から辭職することある可し然るときは陛下の御鑑識を以て更に適任の人を撰で後任となし時としては甲省又時としては乙省に更迭を行ひ新大臣の新任もあれば舊大臣の復舊もある可し即ち内閣の國務大臣聯帯の責任には非ずして各省の長官各別の責任とも名く可き有樣にして西洋流の眼を以て評すれば無責任と有責任との中間に居るものなり斯る類例は他の立憲國に餘り見ざる所にして全く我輩の想像に出たることなれども我國從來の政變は毎度この筆法に從ひ自から一種の習慣を成したれば國會開設の後と雖も當分は先づ此習慣に依り純然たる責任内閣の運動は數年の後に期する方、事の穏なるものなる可し但し是れ迄大臣の更迭は大抵〓その原因を政府部内に發したることなれども自今以後は國會議塲の向背を以て隨分有力なる原〓として是を輕視す可らず故に大臣たる者が其地位を固くして政治上の技倆を伸さんとするには政府部内を經營すると同時に國會の衆望を収攬することも亦甚だ肝要にして心事多端ならざるを得ず即ち從前は内の一方に心を用ひて安全なりしものが今後は外にも亦用心の一點を增して内外兩樣の心配を兼るの有樣とは爲れり文明世界の大臣多事なりと云ふ可し偶ま官制の改正を見て未來の想像を記し讀者の高評を乞ふのみ