「廣告に繪畫」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「廣告に繪畫」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

廣告に繪畫

本年は政治の事の忙はしきと同時に商賣其他一切の人事總て忙はしきことなる可し人事忙はしければ人も隨て運動し人運動すれば金も亦運動せざるを得ず人と金との運動は世上金儲の端にして此際商売の事に當り人の眼先を己れに集め金の足道を己れに開き機會に投じて志を得んと欲する者は他なし唯先づ廣告を工風するの一事あるのみ桃花言はず下自から徑を成すとは誠に古人の名言なれども今の活溌なる商賣世界には何事も自然を待つ可らず果して桃花の美なる者あらば言葉を以て形を以て百方其美を吹聽して我れより進んで人を引き寄すること肝要にして之を引き寄するの好手段は廣告に若くものなかる可し左れば歐米諸國にては廣告を以て商賣上の一要項と爲し之を配布するに金錢を費すこと實に驚く可き程にして聞く所に據るに米國東部大都府の商館にて一年十萬弗以上の廣告料を支拂ふ者は一都府毎に數軒に下らずと云ふ斯く大金を費すからには成る可く人の眼先に觸れて其記臆に留まるやう廣告の意匠に思ひを凝らすも商賣心の自然にして近來彼の國の新聞紙に現はれ若くは市街の屋壁垣牆其他處々に散見する廣告の趣向を一覧すれば廣告に繪畫を利用して千萬人の眼前に實物を躍出せしむること廣告社會の流行物として最も普通なるものゝ如し盖し文字にて書き綴りたる者は萬人が萬人讀み得べからざるのみならず之を讀むの力ある者も廣き世間の廣告を一々讀み下すの煩はしきに堪へず世人の眼と廣告の文とは案外疎遠勝ちなる者なれども繪畫に至りては即ち然らず萬人が萬人眼前に當りて實形實物若くは想像、意匠の面白き繪畫を見れば瞬間に其趣を解して極めて記臆に入り易きが故に凡そ廣告の工風として人の眼を引くの力あるは繪畫に若くものなしと云ふ左ればにや近來歐米の商家に寫眞、石版、エツチング、油畫、水畫等を飾りて店前に客を引き留むるの仕掛を爲すものあり例へば彼の呉服店〓〓、小間物店等にては往來に面したるガラス戸の前に皇族大臣俳優藝人若くは山水風景より滑稽諧謔に至るまで種々の繪畫を取り揃えて其商品と互ひ違ひにズラリと之を飾るが故に往來通行の人々はフト其繪畫に目が附きて先づ其足を留むれば眼は此畫より彼の畫に移り店中の物を映ずる間に何時しか其商品に視及して流行の縞柄、新板書籍若くは香具髪飾の類、次第に其眼中に入り隨て購買心を動かすは繪畫の人を引き寄するの力、與りて大なるを見る可し今廣告の趣向として繪畫の効力此くの如くなれば新聞紙上の廣告にも繪畫を交ゆる者ますます多く殊に壁上廣告の幾分は繪畫的の趣向を以て之を充すものゝ如し然るに其新聞紙若くは屋壁垣牆等廣告の塲面と爲るものは今世廣告競爭の然らしむる所、多くの廣告料を要するが故に此塲面に掲くるには平凡の廣告を以てす可らず左れば歐米の廣告者が彼の繪畫的の廣告に關して意匠を撰むこと異常にして一面の意匠を求むるに一萬乃至二萬圓を抛つものなきに非ず現に英國倫敦府に有名なるペーヤ石鹸の廣告中、金髪紅頬の小童が玉を空中に吹きながら瞳を凝らして其玉の飛ひ行く先きを見詰めたる意匠面白き繪畫の原圖は凡そ二千磅(我が一萬三千圓餘)を拂ひたりと云ひ其他ペーヤ氏の廣告は其趣向も樣々にして配布の手廣こと殆んど滿天下に遍ねけれども年々歳々新工風を出して決して其廣告を廢することなし或る年の事なりとかペーヤ氏は非常の廣告を打ち續けて自から思へらく斯くまで廣告を爲したる以上は天下皆な我が石鹸あるを知りしならんと因て夫れより一年間斷然廣告を廢したるに年末勘定の時に至り石鹸の賣れ高大に減じて廣告料は莫大なるも差引精算の上に於ては矢張り廣告を爲すの利あるを知り是より再び廣告を復して遂に今日の大身代を起すに至りたりと云ふ我國にても近來は往々廣告の利を知り利に敏捷なる人々は新聞紙其他の塲所に於て多少廣告の技術を示すが如くなれども繪畫的の廣告に至りては殊に未だ其發達を見ず商賣社會の爲めに謀て誠に惜む可き事柄なれば商人諸氏は本年の如き年柄に當りて大に此流の廣告術を發達するの工風なかる可らず盖し商賣の種類に因り派出やかに繪畫に上る可きものと餘り引き立たざるものと其相違なきに非ざれども畫家の意匠は格別にして或る畫人が踏花歸去馬蹄香と云へる詩意を寫すに馬の後より胡蝶の逐ひ行く處を畫きて馬蹄の香ばしきを表したりとの談あるに附けても物に觸れ事に應じて夫れ夫れ面白き趣向あるを見る可し即ち廣告に繪畫を利用するは我が商人の今より大に心匠を勞す可き所、特に内國勸業博覧會の開設したる今日、人に先んずること是れ亦甚だ肝要の事ならんのみ