「銀行者」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「銀行者」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

銀行者

理財社會〓頃の風説に大藏省にては銀行條例中現時に不〓當なる條目あるを以て之を改正する見〓なりと云う本部銀行創設以來、年を〓すること十餘年、其間種々の經驗に徴して利弊の所在、自ら分明なる者もあらんなれば時に及んで之を改正するは實に當局者の義務なる可し我輩曾て北米合衆國の商政を按ずるに同國にては銀行を以て成る可く安全堅固にして金融上信用の源泉たらしめんとし五名以上の組合あれば之を國立銀行として政府管理の下に置き此外州立の銀行はあれども私立銀行と稱す可きものなく銀行事業上政府の檢査取締の行き届きたるは勿論、所謂國立銀行も土地人口の多寡に割合わして成る可く小資本の者を許さゝる其次第は資本少なければ頭取以下行員の給料賞與金等總べて小額なるが故に人〓之を多くせんとして金の〓り操りを烈くし甚だしきは投機流の危險を踏んで往々弊害を生じ易きが爲めなりと云う然るに我が日本國にては政府檢査の行き届かざる私立銀行の數多なるのみか僅々五六萬圓の資本にして國立銀行の部類に入り獨立に門戸を張る者もあり此等は我輩の眼より見て利弊如何と疑わるゝ其一端たるに〓ぎざれども多年其局面に當りて事細かに實驗を經たる者は條例面の改正に就ても種々〓密の考案あることならん我輩は我が理財社會の爲めに謀りて偏に其改正の有効ならんことを希望する者なり然りと雖ども一歩を〓めて考えるに條例面の改正は外形大禮を制規する〓の事にして銀行内部の細事〓は唯銀行者其人の手加〓に任ずる外なきが故に銀行者が自から發起して其本分を守るに非ざれば條例の改正も〓に儀式上に止まりて實際その功を奏すること甚だ六ケ敷かる可し抑も西洋商賣國にて手形取引の盛大なるは商賣社會人々の信用頗る堅固なるが爲めならんと雖も一方には世人が銀行者を信じて商德圓滿、信用無〓、金融上の生佛なりと見做すが故に上は王公大臣より下は裏店の主人に至るまで各々銀行との取引を開きて有金は總べて之に預け彼の國の〓として當座預金に利子を拂わず之を拂うも年二朱以上に上ることなきにも拘わらず自家の〓箱を銀行に移して手許に餘金を留めざるは銀行を以て無上安全と信ずるが故なり斯くて何か仕拂あれば其取引銀行渡りの手形若くは小切手を渡し他より手形小切手を受取れば之を其取引銀行に〓りて自家預金の中に加え三圓五圓の勘定にも概ね手形融〓非常に盛んに商賣取引上萬端便利なることなれ共推して其源を究むるときは銀行者の信用厚くして世人が之を金融上の生佛として崇信するが爲めなりと云いて可ならん然るに我國の銀行者は其商德の圓滿なる其信用の無量なる金融上の生佛として世に崇信せらるゝ者多きや少なきやと尋れば我輩は先ず以て多からずと答えたるを得ず試に今の諸銀行の内部に入て如何に其資本を使用し居るやを吟味したらば銀行重役若くは〓も立ちたる株主が明暗〓〓の間に信用人と爲りて自から其資本を使用し銀行本色の仕事に對しては却て不手〓〓なるものも多きが如し又或る銀行者の中には商工種々の會社に手を出し僅々數萬圓の身代の人が先ず甲の會社株を買い之を抵當に金を借りて更に乙の會社株を買い甲乙丙〓順序〓くの如くにして數十萬圓の株券を所持し其株券の相塲に幾割幾分の浮沈あれば銀行重役の身代は有無の間に出没して水上の〓に類するもなきに非ず銀行者の私と銀行業の公とは固より混ず可からずとは申しながら其當局者の身代行〓を見て其銀行に對する信用を〓減するは即ち勢の自然にして銀行者の擧止〓〓長く今日の如くならんには世人をして厚く銀行を信ぜしめ自家の金庫を銀行に移して安んじて之を依託せしむ可しとも思われず斯かる事の次第にて世人が銀行を信ずること厚からざれば人々其金を自家に藏め置き日常の諸拂勘定は勿論、商賣上の取引に至るまで手許の正金を出納して手形の融〓廣からず延て商賣上萬端の不便と爲りて兎角その規模を大にすること能わざるは祖先以來我が商業社會の風〓とは申すものゝ今の銀行も亦幾分か其責を負わざるを得ず左れば今日我國に於て金融社會の急要務は彼の銀行條例を始め時に〓せざる諸規則を改めて成る可く商賣安を保つと同時に金融社會の要衝に當りて具〓の地に居る銀行者が固く其本分を守りて投機流の事業を忌み嫌こと恰も高德の〓正が女色〓酒を〓づけざるが如くし商界公衆の前に於て我れこそ眞に〓〓潔白、腥さ銀行者に非ずとて其商德の圓滿なるを示し世人をして一般に自分を崇信せしむるの一事に在る可し斯く世人が實〓に徴して厚く銀行者を新任し金融上の生佛として毫も疑念を挟まざるに至らば金利の高き我國の事とて當座預けにも四朱餘の利子を拂う可し苟も金錢上の考あらんものは誰か〓喜の涙を流して其預金を携えて金融の必〓、銀行に借る者多くして預ける者は殆んど皆無なりとて苦〓は區々なれども我輩は此金融必〓に附けても銀行者が自から基本に反りて大に戒心する所あらんこと偏に希望に堪えざるなり