「癈娼論に歐米の例を引く勿れ/手形の先取權」
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時事新報に掲載された「癈娼論に歐米の例を引く勿れ/手形の先取權」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
癈娼論に歐米の例を引く勿れ/手形の先取權
〓來世上に癈娼論を唱える者あり其論法は種々なれども動もすれば歐米の例を引き彼の國の〓德は云々にして其品行は云々なりとて歐米耶蘇教國人を完全無垢の偶像として説を立つる者なきにしも非ず論者が一種の想像を以て腦中に畫きたる耶蘇教國は如何にも〓〓潔白なる可しと雖ども其實際は〓して然らず例えば彼の米國の如き實業極めて繁多にして〓民は割合に少なけれども私の娼館は至て多く甚だしきは娼館の主〓が旅館の人名帳を調べて一々廣告を配るなどの趣向なりと云う(或人の計算に紐育の人口百分の五は娼妓なりと云う)然らば英國は如何と云うに土地柄に因りて相〓はあれども一〓以て之を蔽へば密賣〓〓市に横行する〓にして倫敦府中國〓〓きの塲所にて夜の九時〓ぎより市を行く〓人は十中八九私娼なりと云うも敢て〓〓に非ざる可し其他歐洲大陸に至れば公娼私娼打ち雜ぜて其數夥しく巴里、伯林、〓也〓、羅馬、アムステルダム、ブラツセル等を始めとして到る處賣〓の行われざるなく或る人の説に佛國巴里府に〓ぶ者が同府にて費す金〓の中、凡そ其五分の一は公私娼妓の手に落つる比例なりと云うを見ても其一班を知る可きなり又歐米諸國にて蓄〓の風なし云々と云う者あれども其實際は〓して然らず勿論彼の國の〓慣として公然之を蓄える者はなけれども〓常之をKeptwife(構え妻)と稱して街外れ閑〓の地に棲ましむるもの甚だ多し蓋し西洋諸國の〓女は宗教の然らしむる者所か其女德を破るまでの間は日本〓人などに比較して割合に耐〓強けれども一旦之を破りたる以上は永世消滅す可からざる罪業を犯したりと心得るものゝ如く毒を舐れば〓までと云へる丁簡を出して忽ち極端に流るゝが故に其肉慾を恣にする甚だしきは日本人などの殆んど夢想する能わざるものありと云ふ左れば我國の癈娼論者も歐米人の〓德は云々なり然るに我國に公娼ありて其笑を招く可しなど彼の國の例を引くことを癈し歐米〓德の腐敗は殆んど見るに〓びざるが故に我國は世界に率先して娼妓を癈し賣〓を禁じ世界無比の先例を作る可しとて大に癈娼論を主張せざる可からず蓋し癈娼の問題は社會的の事に属して〓德一偏に論ず可からざる者なれば日本人が如何に氣早しとは申しながら之を全國に推し及ぼして事の實際に行わんとするには長き歳月間の研究を要することならん即ち西洋諸國に於ける〓人參政權論などゝ〓ね同類の論案にして容易に言う可くして容易に行われ難きものなる可し左れば今其論の得失は暫く置き我輩は論者が動もすれば例を歐米に引て云々するを見て不審に堪えず爰に一言して其參考に供するものなり
文明商賣國の人は賣買取引に手形を用いて正金を授受すること極めて稀なり千八百八十一年英國人の調査したる所に據るに英國倫敦府にては府中の取引を百と見て其中手形九十七分紙幣二分貨幣一分の割合、又米國紐育府にては手形九十八分、七、紙幣一分、貨幣零下三の割合なりと云う然るに我が日本國にては正に此割合を倒にして紙幣貨幣の取引が百分の九十七八分を占め手形は僅々二三分を占める比例にして斯くては何程〓貨を〓しても商賣社會の取引は其〓貨の高丈けに限られ大に規模を廣むること能わざるが故に〓來金融〓〓等の事〓に因り大藏省並に日本銀行其他我が理財社會の士は東京に大坂に銀行者に謀り實業家に談じて手形融〓を獎勵し日本銀行も其手加〓を以て成る可く手形の再割引を引き受くる都合にして〓ては融〓の〓も開くることならんと雖ども我が日本國にては維新の一擧を以て都て舊物をは破壞して商賣社會の信用も同時に動〓したるまゝ〓〓今日に引き移りて未だ新〓慣を成さず現に大坂地方の如き舊幕時代の頃に在りては手形の融〓甚だ廣くして商家の取引は都て信用に依頼したる由なるが維新後一時に壞亂して今日未だ其舊〓を復する能わざるが如き其一端を見る可し然るに今手形〓用を實際に行われしめ商賣取引の方法を舊に復するのみならず西洋商賣國の實際を寫して更に其眞に〓らんとする注文なれば事固より容易なるに非ず我輩の所見を以てすれば今後其向きの局面に當る人は信用取引の事に關して鄭重を旨とするは勿論、彼の手形に就ても之に先取の權を附すること肝要なる可しと信ず即ち手形を振り出したる當人が負債に因りて身代限する塲合には其財産を公賣して先づ手形面の金額を引き去り之を其手形所持人に渡す順序たる可きが故に自から手形の實權を重からしめ振出人は前〓を思いて無暗に之を振出さず、受取人は其實を知て之を受取るに躊躇せず自然幾人の裏書を得て幾人の間に融〓し大に金融を助くることとも爲る可し若しも然らずして今日の如く手形に特別の權利なく之を振出す者の責任は輕く之を受取る者はびくびくして恰も富籤を抱くが如く期限到來して取れるか、取れぬか〓を天に任せるようの始末にては我が理財社會の士が口舌を以て何程手形を獎勵するも今の信用薄き世の中にて〓に其〓用額を〓して金融を開く一助たるは容易の事に非ざる可し商賣實利の事に關して新〓慣を開かんと欲せば實利を以て之を導く外ある可からず我輩が手形に先取權を附する説も亦唯此點に根據するのみ手形融〓論の喧しき今日、聊か經濟者の參考に供するものなり