「手形先取權の答/身代取調法」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「手形先取權の答/身代取調法」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

手形先取權の答/身代取調法

去る八日の時事新報紙上に手形先取權の事を記したるに昨日の朝野新聞は右に對して左の如き二樣の疑問を出せり

 振出人の身代(家屋地面其外財産)盡く他に抵當となり居る塲合にも、其身代限處分の時は、手形面金額の先取を爲さしむべしとの意なるや。

果して然る時は、都ての抵當物は無効に歸すべし。何となれば如何なる抵當を取り居るとも何時手形所持人の爲めに先取せらるゝも測られざればなり。時事記者の意果して此の如くなるや否や。

然るに我輩の本意は我國に商賣上の信用薄く文明商賣の無上大切なる手形の融〓少なきが爲め其手形に特別權を附して其融〓を開かんとする者にして縱令え振出人の身代が他に抵當と爲り居るも其身代限處分の時は手形面金額の先取を爲さしむる積りなり併し我が商法中に此箇條を設けるに就ては手形の條、破産の條等に新に數箇條を加えざる可からざること勿論にして手形の種類は一ならざれども仕拂期限は重もに三箇月位を度とするが故に此手形振出以前に他の抵當と爲り居たる財産には手形先取權を及ぼすこと能わざれども振出期限以後に於て抵當と爲りたる財産は手形に對して先取の〓を讓らざる可からず處で財産を抵當に取らんとする者は朝野記者の配慮する〓り抵當を取るに先ちて負債主の身元に注意する必要起り是に於てか我國にも英國などに行わるゝがアヂヤンソサイチーの如き身代取調會社の必要を感ずるに至る可し凡そ商賣上の事に新案を導かんとすれば其影響を蒙る處々方々に注意して不都合なきやう之を實行せざる可からず我輩とても他の事〓を總べて今日の儘にしてポツツリ手形先取權の法を行う可しと云うには非ざるなり

人間は大抵横着なる者にして多くは緻密なる法律に〓られ或は精巧なる仕組に〓られ周圍の事〓に〓られて已むを得ず謹〓する者なれば社會をガラス張にして縦横表裏〓明ならしめ政治家が賄賂を貪らんとすれば反對黨派に弾劾せられ〓侶が不品行を働かんとすれば忽ち信者の〓責を蒙り世間の人の明察なるが爲め其内幕を蔽う能わざらしむること肝要ならん左れば商業社會に於ても人々一念發起して其信用を守るに至らんこと固より企望する所なれども之れと同時に彼の身代取調の仕組を設け縦令え其内心に於て信用を破らんとする者あるも外部の抑制法を用いて之を破る地なからしめ結局その信用を破るは自身の大損たるを發明せしむること急要なる可し今英米等に行わるゝ彼の身代取調會社は全國到る處に支社を置き甲地の製〓家が乙府の商人の注文を受けて新に其注文品を〓らんとする時、身元の知れざる會社若くは一箇人の手形を受取らんとする時並に其所有物を抵當に取らんとする時等の塲合に當り先ず身代取調會社に就て其身元を質問すれば會社は電信郵便を以て其支局に問い合せ身代の模樣は斯く斯くにして銀行との取引は箇樣箇樣又其手形の振出高は今日までに凡そ何程位なる可しと委細之を取調べる外に毎〓若くは隔〓に其向きの報告雑誌を發して之を各會員に配り會員は年々若干金(英國にては二ギテー即ち我が十四圓)を寄賦して右等の便利を得る仕組にして商業社會の信用を保ち其不正を制するには屈強の手段なるが如し其他西洋諸國にては商家は勿論、中以上の人にして銀行と取引せざる者なきが故に今一商人に就き其身元を探らんとすれば其取引銀行を尋ねて現在の預金は何程なるや從來の諸勘定は如何なりしや一々之を訊問すれば其身元の大略を知ることを得べし又商賣取引上に身元問合手掛を交換する習慣あり何れの商店銀行にても他より取引人の身元を問わるれば商賣上の德義に於て告ぐるに實を以てするを例とし商事繁多取引活〓なるに〓がい身代調の仕組の如きも亦ますます〓み入るは勢の自然なりと申す可し左れば我輩の所論の如く手形に先取權を附して手形振出日限以後の負債に就ては手形に先取權ありと云うよう新案を導かんとすれば惡負債主より抵當を取り若くは之れに貸附を爲す等の塲合に其身代に〓目して〓〓の損毛を招かざるよう彼の身代取調會社以下の仕組を設けること今後我が商賣社會に必要の事ならんのみ