「米價騰貴」
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時事新報に掲載された「米價騰貴」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
米價騰貴
近來米〓〓に騰貴して細民の難澁容易ならざるに付き其筋にても之が救濟の方法を求めんとて昨今調査の最中なりと聞く、昨年の春まで四圓薹にありしものが今年に至りて頓に九圓薹に上りたる此激變は必ずしも年の豊凶によるに非ず按ずるに政府が曩にブールス論を提起して一時に全國の米商會所を驚かし其〓命をして殆んど落日の有樣に〓らしめたると共に會所の税率非常に高くして恰も禁止税の姿なりしかば米の賣買は會所に依らずして國中の處に〓い時に〓い區々の相塲を現わして詰る所これを平均すれば價の低落を助けて低きに〓ぎたる事實なきにあらず左るにても僅か一年の前後に倍價の相〓とは算外のことにして明治〓年以來凶〓に非ずして斯くまでに騰貴したるは殆んど其例を見ず夫の明治十三年の米價の如きも〓密に金銀紙三樣の差を計算して比較するときは少なくとも今日の高きに超えること能わざるべし實に〓日の相塲は經濟社會の奇相にして其由來原因に付ては我輩も不日一論を草して世間に質すことある可ければ暫く之を後に讓り兎に角に米價の安きに慣たる細民等が今日その生活に苦しむとは憐む可し若しも之を救うに妙案もあらば差向きの急務として講究せざる可からず一説に米價の騰貴を防いで小民を救わんには米商會所の賣買を禁ず可しと云う者あり是れは例の士族流の學者に相應なる考案にして天保の頃にも毎度癈したる言なれども商賣の活世界には迚も行わる可からず強て行わんとすれば自然に全國米價の平均を失わしめ其間に利する者は少數の商人即ち士族流に所謂奸商にして之が爲めに多數の愚商愚民は種々樣々の事〓に〓られて何時しか低價に賣り高價に買う不幸に〓り民を救う方略は偶ま之に損亡を被らしむる媒介たる可きのみ士族學者の机上論は固より取るに足らず又一説に世間の金穴又は倉庫會社等に説諭して金融を嚴にせしめ米商の買締策を妨ぐ可しと主張する者あり是亦實際に行わるれば妙なれども人事は中々錯雑にして世間は廣きものなれば斯る人爲の小刀細工を許さず今の士族流が其むかしの舊藩地に施したる小策などを回想したらば或は熱心を催すこともあらんなれども今日の大日本は舊小藩にあらず文明法律の下に居て利を重んずる金穴又は會社等が何として人の説諭を聽かんや苟も法律の許す所にして好き利子を得べきものなれば米にても麥にても抵當に取らざるを得ず〓んや米穀は低當として最も安全なるに於てをや千萬言の説諭都て無益なりと知る可し
以上二説は到底無益の沙汰として爰に我輩の一説を掲ぐれば物價の高低は需要供給の如何に關するとの經濟主義に基づき外國米の輸入を勸るものなり前年政府は米價の低きを憂いて日本米の輸出を保護獎勵したることもあれば今は之を〓にして其輸入を導き且我輩が曾て云える如く(去月六日時事新報)其外國米を米商會所の賣買受渡に〓用せしむること最も緊要なる可し外國米も上中下樣々なれども其價は今の日本米よりも餘程下に位するが故に此安物を以て市塲を潤澤せしむるときは自から全般の米價に影響せざるを得ず即ち騰貴を防ぐ安全策なり或は世上の説に南京米(外國米の俗稱)は香味下等にして日本人の口に〓せずと云うものあれども其下等なるこそ價の安き所以なれば何ぞ之を會釋するに足らんや畢竟其筋にて米價の騰貴を止めんとするは貧民の餓死を救うに外ならず國中餓て死せんとする者は爰に南京米の安きものあり之を食いて死を免がる可しと云えば政府の好意は此上に及ぼす可からず苟も此米を忌み嫌いて上米を得んとする者は最早や貧民の部分にあらざれば自力を以て如何なる上物をも買う可し固より政府の關する所に非ず斯くて人民一般に兎角南京米を嫌いて日本米を求め之が爲めに米價の高きとあらば國に眞實の貧民少なき明證にして、貧民少なく米價高しとあれば其高きほどいよいよ國の爲めに祝せざるを得ず、租税輕からず肥料安からざる日本國に耕す農家の爲めを謀れば米穀の價は聊かにても騰貴するこそ願わしけれ故に今日の急は政府にて新案を立て新法を作るに及ばず唯外國米の輸入を保護獎勵して以て極貧民の飢餓を救う可きのみ之に由りて全體の米價を下落せしむるも可なり、下落せしめざれば最も妙なり〓に飢餓を救う〓を開きたる上は政府の職分は立派に盡したるが故に他に心配はある可からず徒に事實に行われざる法則を煩わしくして又もや却て商賣社會を驚かし粉々〓々の種子を蒔いて政府の德望を傷つくるが如きは我輩の最も取らざる所なり