「官邊に商賣の思想あらんことを望む/手形先取權の再〓」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「官邊に商賣の思想あらんことを望む/手形先取權の再〓」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

官邊に商賣の思想あらんことを望む/手形先取權の再〓

政府の本色は民業に干渉す可からず〓んや自から商賣の事に手を出し、喙を容れ又は暗々裡に勢力を利用して商民の利害を左右するに於てをや萬々あるまじきことなれども左ればとて一國の政令は其本來の性質に於て民業に影響するもの〓して少なからず殊に今日我日本國の時勢にては大藏省又は農商務省の如き其政略次第にて間接直接に國民一般の幸不幸たる可きが故に政府の官吏又は其筋に在る人々は假令へ其身は直に商賣に關せざるも其方寸の中には十分に商賣の思想なかる可からずとは我輩の宿論なれども顧みて事の實際を見れば不幸にして我政府の筋は此思想に富むものと云う可からざるが如し其一二の事例を示さんに日本銀行は大藏省の管轄に係り其役員は取りも直さず政府の筋の人にして銀行の性質如何を吟味すれば株主は人民より成立ち純然たる民業に似たれども政府より特別の保護を蒙り例えば〓換銀券の發行を許されたるが如き取りも直さず無利足の資本を使用する特權を得たるものにして然かも政府より許されたる銀券を發行して之れを其政府に納るものにても之を名けて政府が銀行に對する借用金と稱し更に國庫より利子を拂うと云う異常の恩典と云う可し即ち此特別の保護を註釋すれば政府が日本銀行をして特別の利を得せしむることにして或は語を易えて云へば日本國民が日本銀行の株主へ特別の金を與えることなり日本銀行が斯くまでに政府に對し又間接に國民に對して特恩を蒙るからには行務も亦自から他の諸銀行に異なり其營業の目的とする所、單に自家の利益を謀るのみならずして常に全國金融の緩急を察し商賣榮枯の事〓を視て以て理財社會に大波瀾なからしむる一義に盡力せざる可からず如何となれば特典を蒙る權利ある者は特に盡す義務あること當然の〓程なればなり然るに此日本銀行が創立以來日本國民の爲めに何事を爲したりやと尋れば商賣社會の小部分に對して割引の事を僅に行うのみにして他は總て公債證書を抵當にして低利の金を貸したるに〓ず本來高利國なる日本に公債證書の價格を維持せんとするには斯る貸金法も自から臨時の一策なる可しと雖ども公債證書の價格が高ければとて國民は毫も利する所なきのみか彼の整理公債證書の發したるが爲め七分利付の公債も顔色を失い恰も七と五と交易して二を失いたる姿なれば之を名けて純損と云わざるを得ず但し此損亡は利足の上の損亡にして一時元金に差響なきが故に所有者の落膽も左まで甚だしからざれども〓來に至りては別に元金を失いて大に難澁する者あり即ち諸會社の株式下落の一事にして曾て時事新報(去月十五六兩日)にも論じたる如く日本銀行が其大資本の勢力を以て低利の風を吹起し國中皆その風に靡きて低利の假相を呈し利益を得る難きに困却して漸く新會社の事業に着手し其豫算は大抵皆低利を標準にして株金を募り又舊會社の株式とても都て低利の割合を以て價格を上せたることなるに世間の金利は漸く高利國の本色を現わして資金漸く不足を告るに至る顧みて株券の價を見れば普〓の金利に照らして餘り割合も宜しからず且つ新株の向きは〓々拂〓に促がさるゝ事〓もありて頓に諸株式の下落を催おし以て今日の〓〓に陥りしことにて是れは則ち元金の損亡なり

以上二箇條の損亡は國民の自業自得と云へば法律上に訴う可き所なしと雖ども日本銀行が直接に日本政府より、間接に日本國民より特別の保護を蒙り特別の利益を得て自から之に報いる義務ありとすれば假令へ法律に訴る可からざるも銀行の德義に於て其責は免がれざる可し當初整理公債證書の發したるときには〓商賣社會も不景氣の爲め相互の信用を失い資本金の用法に當惑の折柄なれば或は五分利にても百圓に買う者ありしことならんなれども此資金の餘るは實に一時の變相にして世事漸く定まるときは自然に高利國の本色に復し金利漸く高ければ公債證書の價も漸く下落せざるを得ず(其實證を見んとならば試に今日日本銀行が整理公債の抵當價格を定るに市價の八掛即ち市中賣買九十八圓のものに對して七十八圓を貸し其價の下落するに從い常に市價の八掛以上を貸さずして貸金の利子は世間普〓よりも少しく高くするか又は公債證書に對して一切貸金を止む可し其〓命忽ち一變して次第次第に下落を催おし殆んど今の諸株券と同樣の地位に下る可しと我輩の常に推測する所なり)然るときは世間一般に低利を標準にして會社工業を起す者も少なく又舊來の諸株式とて非常に騰貴することもなかりし筈なるに事全く反對に出てゝ今日の惨〓を呈したるは日本銀行が經濟自然の原則に反して金融の〓を〓にしたるが故なりと云う外なし左れば日本銀行は全國理財の安寧を司どるものにてありながら唯公債證書の價格を維持する一偏に全力を盡して其成蹟は民業に利する所なくして却て之を困難せしめたりと評するも其辨解は易からざる可し畢竟その本を尋れば銀行が常に官臭を帶びて商賣の思想に乏しく知らず識らず今日に至りしものなり強いて其人を咎む可きにあらざれども士族風の經濟論は商賣上の活世界に〓用せざる一例として視る可きのみ然りと雖も〓に今日に至りて〓徃を論ずるも事に益なければ兎も角もして經濟自然の本色に〓らんとして扨公明正大の〓を云えば文明各國中央銀行の定則に從て日本銀行の利子を世間普〓の割合よりも高くし且公債證書の維持策を癈して自然の時價に任せ假令へ之を抵當に〓用せしむるも他の諸株式と同樣に視做し公債も諸株式も其下落の極に至らしめて改めて善後の策を講ずる一法あり此法正大は則ち正大なれども差向き難澁する者は諸銀行にして方今銀行の資産を計るには所有の整理公債證書を百圓と積りて何十何萬圓と唱えることなるに其百圓が忽ち五六十圓と爲るときは百萬圓の資産も忽ち其半を失い先ず以て閉店の外なかる可し一行閉店すれば他も亦これに推されて倒れ全國の銀行も商人も恰も〓棋倒しの大變に至る可し日本銀行もこれには當惑なる可し左れば今日の如く相替らず公債證書のみを庇護して世間の金融は如何に切〓するも諸會社は如何に難澁するも之を度外に置て悠々傍観するか、左りとは日本銀行が日本政府即ち日本國民より受けたる特別の特典に報いる義務を如何せん〓や今のまゝに捨置くときは多數の不幸を轉じて少數の實力者に僥倖を得せしむる大波瀾を生ずるに於てをや國家の不利のみならず中央銀行たるものゝ職分に於ても相濟まざることならん人の言を聞くに〓日商賣社會の惨〓は其筋に於ても之を等閑に附せず何れ日本銀行の手を以て救濟策を行う可しとのことなれども其策をして俄に經濟の正則に據らしめんとするは至難のことなる可し〓徃の治療都て變則を以て今日の變症を現わしたることなれば其正に歸る〓も亦徐々に〓まざるを得ず唯我輩の祈る所は此徐歩の間にも十分に商賣の思想を逞くして理財自然の〓動を妨るなきの一事なり

朝野記者は一昨日の時事新報に載せたる手形先取權の答を見て更に一段の疑惑を〓したりと云えど其疑惑は矢張前同樣にして手形に先取權を附すれば財産を抵當に取る者が何時手形所持人の爲めに先取せらるゝも測られずとて不安の〓を爲す可しと云うに在るものゝ如し併し其先取權を及ぼすは振出期限以後に於て抵當と爲りたる財産のみに在れば今手形支拂期限を假りに平均三箇月と見て抵當を取る人々が前三箇月に於ける負債主の身元を推知することを得ば先ず以て差支なき筈なり今日にても金を貸す者は大體其相手方の身代を知り居るを〓例とすれども尚その上にも身代取調會社の如きものを設けたらば前三箇月に於ける負債主の身元を探〓すること易く債主の爲めには最も便利にして假令へ手形に先取權あるとて社會一般の動産不動産が復た抵當と爲ること能わざるようの不都合はなかる可し然るに又朝野記者は身代取調の方法は何れの時、我國に行わる可きやを知らずと云えども凡そ人事は必要に〓られて起る者にして我輩の所見にては手形先取權などの行わるゝに〓い彼の身代取調法の如きも自然の必要に〓られて自から發起することならんと思わる我輩は我が商業社會に向て良制度を導くに熱心なる者にして千年待てども未だ見えぬ萬年待てども未だ見えぬと手を袖にして漠然たるを望まざるものなり然りと雖ども記者須らく記すべし我輩が手形に先取權を附せんとするは法律面に明文を存して手形に重きを置かんとする〓に止まり實際此權を施行することとては稀にして(身代限りは其數に限りあり又其身代限りに接〓したる者の手形は容易に世間に〓用す可きものに非ざれば手形先取權は名に於て手形に重きを置き實に於て此權を施行する塲合甚だ稀なりと知る可し)然も手形の融〓はますます盛んなるに至らんこと我輩本來の願望なることを