「博覽會に商賣氣なし」

last updated: 2019-09-29

このページについて

時事新報に掲載された「博覽會に商賣氣なし」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

博覽會に商賣氣なし

近年西洋諸國にて開設する博覽會は一般に萬國或は内國博覽會と云ひ特別に美術、衛生、農産、水産等の博覽會と云ひ其種類固より多端なれども今他の一方より類別すれば名譽的博覽會と商賣的博覽會の二樣に分つことを得べし商賣的博覽會は今日最も普通なる者にして近くは昨年の佛國大博覽會の如きも亦この部類中に入る可きものなり即ち此博覽會の主意は世界各國の品類を集めて之を一館の下に羅列し自他相參照して技術工藝の優劣を知らしめ夫れ夫れ審判官を置て賞牌を與へ褒状を贈り其優者を表彰して以て當業者を奬勵するに在ること勿論なれば其中名譽的博覽會の性質なきに非ざれども之に出品する者は其技術の優れるを示して賞牌褒状を得んとする一片の名譽心あるのみに非ず博覽會に縱覽人の多きを幸ひ其出品に正札を附けて衆の眼前に陳列し廣告を配り効能を述べ其出品を買ふ者あれば一品一物、其塲限りの客とせずして永く後來の取引を約し博覽會塲を廣告塲將に其出張店として營利の志を伸んとする者にして斯あればこそ幾千幾萬金の物品を遠隔の地より持ち來りて博覽會塲に列ぶるなれ特に一昨年中英國グラスゴー府に開設したる萬國博覽會の如き出品席料の最少額を凡そ我が十圓と爲し塲所を要する陳列品には一立方尺に付き凡そ我が六十六錢内外を課して然も賞牌褒状等を與へざるの流儀なりしが故に出品人の本願は固より名譽に屬す可き筈なく此等の博覽會に至りては純然たる商賣的博覽會と云ふて可ならん然るに近來開設する美術博覽會などの中には眞實斯道の熱心家若くは腕自慢の工藝家等が技術の優劣、意匠の巧拙、凡そ此邊の參照を得んが爲め將た世上一般の人をして筆法刀跡の美惡を見分けて其美術心を養はしめんが爲め美術工藝家の名譽心に訴へて敢て發起する者なきに非ず即ち昨年四月より英國リヴァプール府に開會したる工藝博覽會の如き其一例にして當博覽會の出品には固より其代價を語らず廣告を配らず効能を述へず全く商賣氣を離れて技術家の榮譽一方の爲めにしたりしが是れ亦一種の博覽會にして世間普通商賣的博覽會のみの盛んなる土地柄には一風變りて却て面白きことなる可し西洋諸國の博覽會には右の二種類ありとして扨て今度開設したる我が内國勸業博覽會は何れの種類に屬す可きやと云ふに政府は當博覽會の出品に對して夫れ夫れ審査官を置き優劣巧拙を評して賞牌褒状を與ふるの目論見なりと云へば其有り難きに對して出品を試みたる者もあらん隨て名譽的博覽會の性質なきに非ざれども其出品に正札を附けて會塲内に賣買する處より見れば概して商賣的博覽會と稱して可ならん然るに今西洋に行はるる彼の商賣的博覽會にては各自出品の云云を新聞紙に廣告するは勿論その出品の現塲に於て夫れ夫れ其効能を述べ立て陳列品の傍に意匠を凝らしたる廣告札を吊して人の自から取り去るに任ずるもあり或は童男童女をして之を通行人に配はらしむるもあり配らるるが儘その廣告札を手に持ちて會塲一半を巡迴する頃には色紙殆んど一抱に滿ちて携帶に不便を生ずる程の次第にして出品廣告の盛んなること此一事を以て知る可し且つ右博覽會塲にて出品諸氏の盡力は啻に廣告札のみに止まらず帽子屋は其出品の片隅に陣取りて衆の眼前に帽子製造の手續を示し印刷器械の出品人は會塲に蒸氣又は瓦斯機關を据え附けて一時間何萬枚の刷立方を試み色摺器械、折紙器械等を始め縱覽人の求に應じて或は動かし或は止め以て其器械の運轉法を示すもあり絹織毛織の職工は夫れ夫れ機械を陳列して出品同樣の布帛を織り隨て織り隨て賣り又隨て陳列するもあり紙屋は紙をスキ、状袋屋は袋を作り仕立屋は縫針を動かして彫刻師は小槌の聲を斷たざるが故に縱覽人は種種の出品を見るに附けて直段性質等の廣告札を得、又出品人自身の説明講釋を聞き之に加へて其出品の製造方若くは運用方を目撃して其由て來る所をも合點し博覽會塲に眞實彼の實物教育を實行するが爲め縱覽公衆の利益する所は一層増加するのみならず出品の傳來効能を明にして公衆の耳目を引が爲めに出品人自身商賣上の都合より云も亦直接の便利を得て自他共益、所謂商賣的博覽會の名も决て空からざるなり然るに今回の上野博覽會塲に入りて周圍の景况を一覽すれば出品者は唯その品類を陳列するのみ出品の傍に於て其由來効能を説明する者なきは勿論、廣告札を配布する者さへ見受けざるやうの始末にして自品廣告に鋭敏なる西洋國人をして評せしめなば日本にては何の爲めに博覽會を開きて何の爲に出品するや殆んど解す可らざる程の次第ならん即ち我輩の所望を申せば西陣織に長濱縮緬、桐生足利の織機屋等は會塲に織り道具を据え附けて其機巧の工合を示し七寶陶器の〓工書師或は金銀鼈甲細工其他夫れ夫れの出品者は自から會塲に座を構へて其非凡なる勞力と其精密なる手練とを内外幾百萬の縱覽人に示し以て其購買心を動かすの工風もがなと思へども其然る能はざるは必ずしも出品人の手落ちのみに非ず其筋の人も博覽會に於ては餘り鄭重に考へ過ぎ妙に四角張りたる處もありたるが爲め今回は我輩の所望に反して會塲内に商賣氣の乾燥を致したる者ならん今更是非もなき次第なれども開塲以來今日に至るまで未だ多くの日數を經たるにも非ざれば出品諸氏が商賣氣を出して自品廣告の工風を案ずること今尚未だ晩しと爲さず我輩は今回の博覽會を以て所謂商賣的博覽會の一種と視做すが故に會塲を一覽して無味淡泊商賣氣の全く乾燥すること昨今の如くならざらんことを望んで已まざるなり