「商權回復の實手段 （昨日の續）」
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時事新報に掲載された「商權回復の實手段 （昨日の續き）」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
年來我開港塲に居留する外國人は我商人の幼時を知る者にして商權回復を其前に語るも耳を傾くるものに非ず左れば商權回復論者は先づ手始めに外國に至りて直接に彼の商人と取引を開き今我國産第一の生絲に就て申せば兼ねて其商賣の經驗ある人人が百萬圓なり二百萬圓なり相應の資本を寄せ合せて米國紐育、佛國里■（「昴」の左下が「工」）等に商店を開き倉庫を造り内國にては産地に就きて成る可く精良の絲を仕入れて之を海外の出店に送り之を其倉庫に藏めて時時の相塲を見計らひ便宜之を賣り出すか或は彼の地機屋よりの注文を受けて夫れ夫れ其仕入方を周旋するか何れにしても信用を重んじ確實を旨として之れに當らば追追直輸の道も開けて我生絲商人は居留地外國人の制御を免かれ居留地外國人が無法を働き我足元を窺ふて之を踏み倒さんとすることもあらば直輸會社は之を蔽ふて其勝手我儘を許さず我手を以て颯颯と絲荷を海外に送り先方需要者との直取引に因りて對等の商賣を外國に開き以て實地商權の擴張を謀る可きなり斯くて我生絲商人が直輸會社を設けて海外商人と直取引を開き果して其得意先を作ることを得べきやと云ふに古今商賣世界の定則に於て品物の精良にして下直なるものが最も人の愛顧を蒙り其持主は何人たるも之を問ふ者なきが故に我直輸出會社にて初より充分の資本を備へ成る可く其費用を■（にすい＋「咸」）じて成る可く其品質を精撰し堅固深切長く操を〓せずして彼の國人の信用を得たらんには今日在横濱の外國人を相手にして亂雜不整頓の賣買法に依頼するの比に非ず現に一兩年前の事なり横濱の生絲商人が資本金五十萬圓を以て生絲直輸會社を發起せんとしたるを聞き佛國里■（「昴」の左下が「工」）にて一二を爭ふ大機屋が同社と特約を結ばんとてワザワザ申越したることあり然るに爾來横濱に彼の共有物の紛議ありて同地に重も立ちたる商人は何れも其爭に忙はしく彼の直輸會社の事も何時の間にか消え失せて今は其影さへ留めざるやうの次第なれども共有物紛議事件も既に其落着を見たるの今日、再び直輸談を返魂していよいよ會社を起し發起後數年間、彼の地に得意先きを作るまでは年年多少の損失あるも之を顧みずとまでに决心したらんには曩きに特約を言ひ込みたる里■（「昴」の左下が「工」）機屋の如きもの次第次第に出て來りて直輸の業の成り立たざる筈なく今米國直輸出と横濱商館賣りとの損益を比較したる者を見るに諸〓費差引米國直輸の利益あること之を横濱商館賣りに比して生絲百斤に付き十六圓餘なりと云ふ然るに明治十二年生絲直輸を勸奬してより今日只今に至る迄勘定合て錢足らず縱令へ全く損失せざるも大に利益したる者あるを見ざるは决して偶然の事に非ず從來我が生絲直輸を取扱たる者は生絲仲買の資格を以て里■（「昴」の左下が「工」）若くは紐育に出店し日本内地の荷主より海外販賣の委託を受けて其絲荷を海外得意先きに賣り込むの趣向なるが故に直段の高低、損益の多少、總べて荷主の負擔にして直輸會社は之れに關せず唯その手數料さへ取れば夫れにて滿足する者にして絲の精粗、彈力光澤の異同等固より問ふに暇あらず五梱にても十梱にても委託さるるまま之を賣り捌くに忙はしくして絲の品質を取り揃ふるなど自家の利害として改良を謀るの遑あらざるが故に彼の地機屋の間にては日本生絲中特に精良の者を見出すことあるも其梱數の少なきが爲め重もに之を横絲に使ふて縱に用ふること少なく隨て直段も低く賣口も狹きの氣味ありと云ふ此他從來直輸業を試みて毎度失敗したる者は政府の保護等を當てにして時に或は當てにならず或は自家の資本を以て事に當ることあれば其資本の輕少なるが爲め一時商况の逆運に逢へば其順運に復するの時を待つに由なく買手に足元を見すかされて泣く泣く投げ賣りの窮策に出でたる等の事情ありしが故にして其失敗は人事の未だ盡さざる所あるに因るものならんか我生絲商人の大に研究す可き所のものなり蓋し我輸出品中輸出に外國人の手を假るものは獨り生絲のみに非ず茶、米、陶、漆器の類を始として日本人は唯之を製作するに止まりたかだか之を開港塲まで持ち出せば其後の事は總べて外國人の手に移り之を海外に運送する其船は外國船なるが故に船賃は固より彼の手に落ち扨て之を需要地に送りて賣り捌く其利益は悉く外國人の利益たらざるなし誠に言ひ甲斐なき次第なれども物を賣るには彼れを得意先きとして我れは其機嫌を取り世辭上手に商賣すること肝要にして從來外國貿易の經驗なき日本人には頗る六箇敷き事ならんと云へば是れ亦是非もなき次第なりとして然らば輸入品に就ては如何と云ふに矢張外國人の手に掛り日本人にして自から直輸入する者は極めて稀なるものの如し請ふ其次第を次號に陳せん （未完）