「政黨以外の政黨」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「政黨以外の政黨」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

政黨以外の政黨

來る七月の撰擧を爭ふて軈て衆議院に出席する其議員の種類は果して幾千なるべきや曰く自由黨員曰く愛國公黨員曰く大同團結員曰く改進黨員曰く保守黨員曰く自治黨員その他何々等種種雜多の集合體なるべし扨遠き未來を推測すれば此等の各小黨も漸次に縺れ縺れて遂には大同小異相讓り二大黨若くは三大黨の大區分を見るに至ることある可き歟なれども先づ當分の間は互に其勢力を張らんとして有らん限りの手段を運らし相競爭する其有樣は定めて花花しき事なるべし如何となれば今日政黨論者の爲す所を見るに政紀と云ひ黨議と稱するものは大抵同一なるに似たれども實際に於て反目敵視するの状は呉越も啻ならずして稀には人身攻撃にさへ及ぶことなきにあらず即ち主義を以て反對するに非ざるの一證にして或は其黨派に於ける人物の臭味を嫌ふもあらん或は偶然のことより心に不快を感じたるもあらん或ひは名を求むるに急にして人と共にするに堪へざるもあらん要するに人情一種の弱點に驅逐せられ政治の得失をば深く意に介するに遑あらずして只管黨勢の擴張に重きを置くものならん畢竟時勢の然らしむる所にして甚だ妙なりと云ふ可らず既に政治上の主義によりて分るるものに非ずとすれば其議塲に於て爭ふ所の問題も政事の大問題のみに限らずして些細の事にも小是非を爭ひ爭熱の熱する所徃徃局外者をして顰蹙するに至らしむるも亦是れ自然の勢なりと豫期せざるを得ず斯くして互に責合ふ間に多數を占むるものは其勝利に誇ることならんと雖も事の成行として多數必ずしも公平ならず時としては其意に非ざる所を貫かんとするの塲合もある可きなれば是に於てか我輩は其黨派競爭は中間に立て能く中正を守り得を得とし失を失とし以て議塲の流弊を抑制するの機關あらんことを冀望するものなり而して今この機關は何れの邊に存するやと云へば從來何政黨派の肩書なき中立の議員にして思ふに其數は甚だ多からずと雖も勢力は决して微弱ならざる可し假に之を議員の總數四分の一とするも元是れ何れの黨派にも屬せざるものなれば若しも個個獨立して議塲に臨むときは俗に云ふ多勢に無勢にて他の多數黨派の爲めに壓せられ正議公論も遂に貫く能はずして止む可きなれども其中立議員が純然たる中立の同志を結合して以て一團を造り改進黨にも倚らず自由黨にも偏せず唯當不當、正不正を吟味して彼れ當を得れば彼れを助け、是れ正に中れば是れを友となし時としては一方に又時としては他方に賛成するときは黨派的の議員も其賛成を得て勝利を占めんと欲するより勉めて公正ならんことを思ひ議事の結果庶幾くは極端の弊に陷るを免かれ中立議員も由て以て議塲に重きを成すに足るべし之を英國の議院にて申せば愛蘭議員の如きものにして愛蘭の自治を許すとならば自由保守何れにても加擔すべしと云ふに均しく〓も公平中正の議論とあれば其議論の何黨より發するを問はずして直に之を賛成するこそ中立黨の本旨なれば之を稱して政黨以外の政黨と申すも可ならんか、中立議員たるべき人人が目下黨派の爭を避けて之に加入せざるこそ幸なれ宜しく其旨意を貫くの工風を講せざる可らず語に曰く五〓の交交彈くは一拳に如かずと中立の諸氏が個個に孤立せずして互に相結合し以て衆議院内に勢力の中心を占むるは至極肝要の一事にして又難事にもあらざる可し

然りと雖も右に陳ぶる中立黨も亦固より代議士の一部なれば徒に他の議論を裁判して止むべきにあらず時としては各黨無類の説をも主張せざる可らざるは勿論にして他と區別するの黨派心こそなけれ純然たる一の黨派なり我輩は黨派の小小ますます分裂するを好まざる者なれども唯今度の衆議院は黨派の軋轢の甚だしからん事を豫想して茲に中立黨の中立を勸告する所以なれば各黨派より出づべき議員諸氏に於ても大に自ら省みて其弊を除かんことを勉むると共に前記中立黨の公正なるが如く全院一致以て國利民福を増進するの程度に達せんこと我輩の最も切望する所なり